How to若いライダーの事故が多いのは、若さだけが原因ではない

若いライダーの事故が多い。
保険も高い。

そう聞けば、多くの人は
「若いから無茶をする」
「若いから飛ばす」
と思うのではないでしょうか。

たしかに、若さゆえの勢いや、スピードを出しがちな面はあるのかもしれません。
でも、現場で見ていると、私はそれだけではないように感じます。

むしろ昔の我々の世代から見れば、今の若いライダーはずいぶん落ち着いて見えることすらあります。
昔のような、見ていて露骨に無茶だと感じる乗り方は、むしろ減っている印象です。

それなのに事故はなくならない。
ここが大事なところです。

若いライダーが危なくなりやすいのは、若さそのものより、危険を読む下地が薄いまま公道に出やすいことにも原因があるのではないか。
私はそう感じています。

実際、警察庁の統計を見ても、二輪の死亡事故は単独で飛ばして終わるようなものばかりではありません。令和5年の二輪車乗車中死者数は508人で前年より増加しており、車両相互事故では相手の多くが自動車です。事故類型では、右折自動車と直進二輪の衝突が目立っています。

また、若年層では速度超過が目立つ傾向はありますが、それだけで事故の実態を語るのは足りないように思います。街中では、相手が出てくるかもしれない場面で少し戻せるか、見えていない前提で構えられるか、失敗したあとに慌てて崩れないか。そうした“生き残るための下地”も大きいのではないでしょうか。

つまり若いライダーの事故は、
「若いから飛ばす」だけではなく、危険を読む経験や、事故を小さく終わらせる下地の不足まで含めて考えたほうが、実態に近いのではないかと思うのです。

昔は、教習所に入る前に“下地”があった

昔はよくも悪くも、バイクに触れる機会がもっと身近にありました。

学校に内緒で原付免許を取る。
田舎なら家の周りをちょっと走ってしまう。
家には母親の原付やカブがある。
友達も何かしら乗っている。

もちろん、褒められたことばかりではありません。
無免許はだめですし、危ないことも多かった。
それでも現実には、そういう中で多くの人が、免許を取る前から少しずつ、

  • バイクは低速ほど不安定なこと
  • ブレーキのかけ方で挙動が変わること
  • 視線で曲がりやすさが変わること
  • クラッチやスロットルの雑さがそのまま挙動に出ること
  • 公道では自分が見えていないかもしれないこと

を、頭より先に体で覚えていたのだと思います。

つまり昔は、教習所は完全なゼロから始める場所というより、
ある程度ばらばらに身についていた感覚を整える場所でもあったのです。

原付で学べていたのは、操作より“生き残る術”だった

ここで大きかったのが、原付の存在です。

原付は、小さいバイクに慣れるためだけのものではありませんでした。
もっと大きかったのは、交通弱者として生き残る術を学ぶ場だったことです。

原付は速くない。
加速も強くない。
車から見落とされやすい。
流れに押されやすい。
割り込まれやすい。
無理はきかない。

だから自然に、

  • こっちは見えていないかもしれない
  • この車は寄ってくるかもしれない
  • 1台止まっても、その隣は来るかもしれない
  • 先に逃げ道を作っておかないと危ない

という読みが身につきやすかったのだと思います。

つまり原付で得られたものは、単なる操作経験ではありません。
交通の中で小さく生き残るための感覚です。

今は、その下地が薄いまま大きいバイクに乗ることがある

一方で今は、原付そのものがかなり減りました。

家にない。
周りも乗らない。
日常の移動手段としても前ほど身近ではない。

そうなると、教習所が人生で初めてまともに二輪車を扱う場所になりやすい。
その状態で、いきなり重くて大きく、クラッチがあり、足つきも厳しいバイクに乗る。
難しいのは当然です。

しかも今は入口も人によってかなり違います。
普通二輪から段階的に進む人もいれば、下地が薄いまま大きいバイクに触れる人もいる。
同じ免許取得でも、中身の差が大きくなりやすい時代です。

ここで言いたいのは、いきなり大型が悪い、ということではありません。
問題は、人によって下地が大きく違うのに、難しいバイクに乗ることになりやすいことです。

問題は、操作が難しいことそのものではない

そして本当の問題は、単に操作が難しいことではありません。

操作が難しいと、安全確認や危険予測にしわ寄せがいく。
ここが本質です。

バイクは、ただ操作するだけの乗り物ではありません。
見て、読んで、判断して、操作する。
全部を同時にやらなければいけない。

でも、発進だけで緊張する。
停止だけで精一杯。
エンストしないか不安。
曲がれるか心配。
倒さないか怖い。

そうなると頭の中は操作でいっぱいになります。
すると、

  • 後方確認が浅くなる
  • 右左折前の準備が雑になる
  • 交差点で相手を見る余裕がなくなる
  • 危ない場面でも少し戻す判断ができない
  • 失敗したあとに慌ててさらに崩れる

ということが起きやすくなります。

若いライダーが危なくなりやすいのは、ここだと思う

だから若いライダーの事故は、単に「飛ばすから」だけではないと思うのです。

もちろん速度の問題はあります。
でも実際には、

  • 右折してくる車を疑えているか
  • サンキュー事故の先を読めているか
  • すり抜けで「行けるか」ではなく「見えているか」を考えられているか
  • エンストやミスのあとに慌てず立て直せるか

そういう、交通の中で生き残るための下地のほうが、街中ではもっと大きいのではないでしょうか。

若いライダーが危なくなりやすいのは、気合いが足りないからでも、性格が悪いからでもない。
その前に、危険を読むための土台が薄いまま、大きくて難しいバイクに乗ることになりやすいからだと思います。

では、どうするべきなのか

だから必要なのは、根性論ではありません。

まずは、小さいバイクでもいいから、

  • 発進停止
  • 低速バランス
  • ブレーキ
  • 視線
  • 周囲を見ながら操作する感覚

を自動化することです。

操作が自動化されると、初めて確認と危険予測に頭を回せるようになります。

そしてもう一つ大事なのは、
失敗した時に慌てないことです。

エンストした。
ふらついた。
ギアを迷った。
止まり損ねた。

そういう時こそ、無理に取り返そうとしない。
まずクラッチを切る。
まず止まる。
まず呼吸を整える。

上手い人は、成功が上手いのではありません。
失敗の処理が上手いのです。

本当に必要なのは、厳しさではなく、交通の中で生き残るための下地です

若いライダーが危なくなりやすいのは、単に気持ちの問題でも、昔のような厳しい教育がないからでもないと思います。

原付などで交通弱者として流れを読み、自分は見落とされるかもしれないという前提で走る経験が少ないまま、大きく重いバイクに乗ることになりやすい。
その結果、操作に意識を取られ、安全確認や危険予測にしわ寄せがいく。
問題の本質はそこにあるのではないでしょうか。

知識として危ないと知っているだけでは足りません。
サンキュー事故の先に何があるのか。
右折車が見ていない時に何が起きるのか。
エンストしたあとに焦ると何が起きるのか。

そういうことを、交通の中で自分のこととして読める下地が必要なのだと思います。

まとめ

若いライダーの事故が多いのは、若さそのものだけが原因ではない。
交通弱者として生き残るための下地が薄いまま、大きくて難しいバイクに乗ることになりやすい。
その結果として、操作に意識を取られ、安全確認や危険予測にしわ寄せがいく。
そこに、今の時代特有の危うさがあるのではないでしょうか。

昔は原付などを通して、良くも悪くもその下地を作る機会がありました。
今はそれが薄い。
だからこそ必要なのは、

小さな失敗で崩れないこと
自分は見落とされるかもしれないと読むこと
操作を自動化して確認に余裕を作ること

だと思います。

街中で本当に強いライダーは、速いライダーではありません。
危険が濃い場面で、少し戻せるライダーです。