その他・雑談ヘルメットを被ってさえいれば大丈夫、ではありません

店頭でお客様と話していると、ヘルメットについてはいろいろな声を聞きます。

「ヘルメットって、今こんなにするの?」

「フルフェイスはなんか暑苦しくて嫌なんだよね」

「せっかく高いヘルメットを買ったから、これでもう安心だね」

どれも、気持ちはよく分かります。

ヘルメットは安いものではありません。
特に最近の上位モデルになると、なかなか簡単に買える金額ではありません。

フルフェイスは、たしかにジェットヘルメットに比べれば開放感は少ないです。
夏場は暑く感じることもあります。
ちょっと近所まで乗るだけなら、軽くて楽なものを選びたくなる気持ちも分かります。

そして、高いヘルメットを買えば、安心したくなるのも当然です。

「これだけ高いものを買ったんだから、安全性も相当高いはず」

そう思いたくなるのは、自然なことだと思います。

ただ、バイク屋としては、そこで少し立ち止まって考えてほしいのです。

ヘルメットは、とても大事な装備です。
命を守るための、最後の砦です。

しかし、ヘルメットは魔法の帽子ではありません。

被っていれば、どんな事故でも頭を守ってくれる。
高いヘルメットなら、多少のことなら大丈夫。
フルフェイスでなくても、ヘルメットを被っていれば同じようなもの。

そういう話ではありません。

ヘルメットは、事故を防ぐ道具ではありません。
事故が起きてしまった時に、命が助かる可能性を少しでも上げるための道具です。

ここを勘違いしてしまうと、ヘルメットを被っていることが、かえって油断につながることもあると思います。

ヘルメットが義務になった理由

今では、バイクに乗る時にヘルメットを被るのは当たり前です。

しかし、日本でも最初からそうだったわけではありません。

国内のヘルメット着用義務は、段階的に広がっていきました。

1965年に高速道路でヘルメット着用の努力義務が始まり、1975年には一部の道路で51cc以上のバイクに罰則付きの着用義務が始まりました。
1978年には51cc以上のバイクがすべての道路で義務化され、1986年には原付も含めたすべてのバイクでヘルメット着用が義務化されています。

つまり、今の感覚でいう「バイクは全部ヘルメットを被らないといけない」という形になったのは、1986年です。

ほんの数十年前までは、ヘルメットを被らずにバイクに乗る人が普通にいた時代がありました。

今から考えれば怖い話です。

では、ヘルメットが義務化されてから、二輪車の死亡事故は減ったのか。

データを見ると、二輪車乗車中の死者数は1980年代後半をピークに、その後大きく減少しています。

交通事故総合分析センターの資料では、二輪車全体の死者数は1988年ごろの2,575人をピークに減少傾向に入り、自動二輪は1988年の1,627人から2003年には725人へ、原付は1984年の1,053人から2003年には628人へ減少しています。

もちろん、これはヘルメットだけの効果だとは言い切れません。

速度取締り。
飲酒運転対策。
道路環境の改善。
救急医療の進歩。
バイクに乗る人の数や年齢層の変化。
車両性能の変化。

いろいろな要素が重なっています。

ただ、ヘルメットが事故の時に命を守るための重要な被害軽減策として広がってきたことは間違いありません。

実際、海外の研究や機関のデータでも、ヘルメットの効果は示されています。
アメリカCDCは、二輪用ヘルメットはライダーの死亡を37%、同乗者の死亡を41%防ぎ、頭部外傷リスクを69%下げるとしています。

つまり、ヘルメットは万能ではありません。

しかし、意味がないどころか、死亡事故を減らすために非常に大きな意味を持つ装備です。

ここが大事です。

ヘルメットの衝撃吸収能力は、しょせん知れています。
しかし、その“知れている範囲”が、生死を分けることがあります。

ヘルメットの衝撃吸収能力は、しょせん知れています

誤解を恐れずに言えば、ヘルメット自体の衝撃吸収能力は、しょせん知れています。

これは、ヘルメットに意味がないという話ではありません。

むしろ逆です。
ヘルメットは絶対に必要です。
命を守るための、非常に重要な装備です。

ただし、ヘルメットにできることには限界があります。

ヘルメットは、外側の硬い帽体だけで頭を守っているわけではありません。
大きな役割をしているのは、内側にある発泡ライナーです。

転倒して頭を打った時、このライナーが潰れることで衝撃を吸収します。
衝撃を一瞬で頭に伝えるのではなく、ライナーが潰れながら、少しでも時間をかけて力を逃がす。

それがヘルメットの基本的な仕事です。

ただ、そのライナーは何十センチもあるわけではありません。
頭の周りにある、数センチの発泡材です。

その数センチが潰れることで、頭に入る衝撃を少しでもやわらげている。
言ってしまえば、それだけです。

自動車のように、車体が大きく潰れて衝撃を吸収してくれるわけではありません。
シートベルトが身体を拘束してくれるわけでもありません。
エアバッグが広がって、身体を受け止めてくれるわけでもありません。

バイクの場合、最後に残るのは、人間の身体と、身につけている装備だけです。

その中でヘルメットは、頭を守る最後の砦です。

しかし、その砦は無限に強いわけではありません。

大きな速度差で硬いものに頭をぶつければ、ヘルメットでも受け止めきれません。

縁石。
電柱。
ガードレール。
対向車。
トラックのバンパー。

そういうものに強く当たれば、どれだけ高価なヘルメットでも限界があります。

だからこそ、ヘルメットを被っているから大丈夫、ではないのです。

ヘルメットは、事故をなかったことにする道具ではありません。
事故の結果を、少しでも軽くするための道具です。

そして、ヘルメットが仕事をできる範囲は、思っているほど広くありません。

時速30キロくらいなら大丈夫、という意味でもありません

ヘルメットの衝撃吸収試験では、頭部が硬いものにぶつかる衝撃を想定して試験されています。

その試験速度を時速に換算すると、ざっくり時速20〜30キロ程度の範囲になります。

ここだけ聞くと、

「じゃあ30キロくらいなら大丈夫なのか」

と思うかもしれません。

でも、そういう意味ではありません。

これは、バイクが時速30キロで走っていたら大丈夫、という話ではありません。

実際の事故では、身体が投げ出され、滑り、回転し、頭の一部が路面や車体や縁石に当たります。

ヘルメットが受け持つのは、その中の頭が何かに当たった瞬間の衝撃です。

バイク本体の速度とは、単純に同じではありません。

転倒して滑っているうちに速度が落ちることもあります。
逆に、頭だけが硬いものに強く当たることもあります。
回転しながら当たることもあります。
顔から行くこともあります。

事故は、きれいな実験ではありません。

だから、ヘルメットの試験速度だけを見て、

「このくらいなら大丈夫」

とは言えません。

むしろ逆です。

ヘルメットが吸収できる衝撃は限られている。
だからこそ、そのヘルメットが仕事をできる範囲に収まるように、こちらの走りを考えなければいけない。

私はそう思います。

高いヘルメットなら大丈夫、という勘違い

ヘルメットには高いものも安いものもあります。

10万円を超えるような高価なヘルメットもあります。
そういうものを買うと、つい思ってしまいます。

「これだけ高いものを買ったんだから、安全性も相当高いはず」
「有名メーカーの上位モデルだから、公道なら十分すぎるはず」
「レーサーも使っているようなモデルだから、これなら大丈夫」

その気持ちはよく分かります。

実際、高いヘルメットには意味があります。

軽い。
視界が広い。
風で振られにくい。
静か。
内装の質がいい。
シールドの精度が高い。
長時間かぶっても疲れにくい。
ベンチレーションがよく効く。

こういう性能は、ただの快適装備ではありません。

疲れにくいこと。
見やすいこと。
風に頭を持っていかれにくいこと。
暑さで集中力が落ちにくいこと。
ヘルメットが頭にしっかり合ってズレにくいこと。

これらは、事故を起こしにくくする方向にもつながります。

だから、高いヘルメットに意味がないとは思いません。

ただし、高いヘルメットだから衝撃を何倍も吸収してくれる、というものではありません。

10万円のヘルメットが、3万円のヘルメットの3倍安全。
そういう話ではありません。

どれだけ高価でも、物理法則を超えることはできません。

高いヘルメットを買ったことは、安全意識の入口です。
しかし、それを被ったことで安心しきってしまうなら、逆に危ない。

ヘルメットは命を守る道具ですが、命を預けきっていい道具ではありません。

安いヘルメットはダメなのか

では、安いヘルメットはすべてダメなのか。

これも違うと思います。

きちんとした安全規格を通っていて、信頼できるメーカーのもので、頭に合っていて、正しく被れているなら、安価なヘルメットにも意味はあります。

大事なのは、価格だけではありません。

安全規格。
サイズ。
フィット感。
被り方。
顎ひもの締め方。
使用年数。
過去に強い衝撃を受けていないか。

こういうことの方が、実際にはとても大事です。

ただし、極端に安いもの、出どころの分からないもの、規格表示が信用できないものは怖いです。

ヘルメットは外から見ても、中のライナーの品質や、帽体の作り、顎ひもの縫製、バックルの強度、製造管理までは分かりません。

命を預ける道具を、

「とにかく安ければいい」

で選ぶのは、私はおすすめしません。

高ければ絶対に安全、ではありません。
でも、安ければ何でもいい、でもありません。

ヘルメットは、値段だけで選ぶものではなく、命を守る道具として選ぶものです。

顎ひもをしていないのは論外です

ヘルメットで非常に大事なのが、顎ひもです。

顎ひもをしていないのは論外です。

これはもう、言い訳の余地はありません。

ただ、ここで終わりではありません。

顎ひもをしていれば絶対に大丈夫かというと、それも違います。

締め方が緩い。
サイズが大きい。
被り方が浅い。
内装がへたっている。
ヘルメットが頭の形に合っていない。

こういう状態では、事故の時にヘルメットが脱げることがあります。

事故では、頭が路面に当たり、身体が回転し、ヘルメットには前後左右、いろいろな方向の力がかかります。

その時に、顎ひもが緩ければ、すっぽ抜けます。

大事なのは、
顎ひもをしているかどうか
ではありません。

本当に大事なのは、
事故の瞬間にヘルメットが頭に残っているかどうか
です。

高いヘルメットを買った。
有名メーカーを選んだ。
フルフェイスを被っている。

それでも、顎ひもが緩ければ意味がありません。

ヘルメットは、頭に残っていて初めて仕事をします。

脱げたヘルメットは、どれだけ高級でもただの落とし物です。

フルフェイスには意味があります

私たちバイク屋は、ヘルメットを売りたいからフルフェイスをすすめているわけではありません。

転んだ後に後悔してほしくないから、そこは少しうるさく言いたくなるのです。

個人的には、可能であればフルフェイスをおすすめしたいと思っています。

理由は大きく二つあります。

ひとつは、脱げにくいことです。

フルフェイスは、頭を包み込む範囲が広く、首を通す開口部も狭い構造です。
サイズが合っていて、顎ひもをきちんと締めていれば、事故の時にヘルメットが頭から抜けにくい。

もうひとつは、顔を守れることです。

転倒した時、人間は都合よく頭の上だけをぶつけるわけではありません。

顎から落ちることもあります。
口を打つこともあります。
歯をぶつけることもあります。
頬、鼻、目の周りを路面に当てることもあります。

その時、ジェットヘルメットでは顔はかなり露出しています。

フルフェイスにはチンバーがあります。
この部分が、顎、口、歯、鼻、頬まわりを直接路面に当てる可能性を下げてくれます。

もちろん、フルフェイスなら絶対に無傷という話ではありません。

大きな衝撃なら、顔も頭も首も傷めます。

それでも、顔から路面に行った時、そこに何か一枚あるのか。
それとも皮膚と骨が直接行くのか。

この差は、とても大きいと思います。

フルフェイスは、頭を守るだけではありません。

ある意味では、人生の顔を守るヘルメットでもあります。

ヘルメットは消耗品です

ヘルメットは、一度大きな衝撃を受けたら終わりです。

外側から見て大きな傷がなくても、中のライナーが潰れていることがあります。

ライナーは、潰れることで衝撃を吸収します。

つまり、一度仕事をしたライナーは、元には戻りません。

「見た目は大丈夫そうだから、まだ使える」

そう思いたくなる気持ちは分かります。

ヘルメットは安いものではありません。
高いものなら、なおさら買い替えはためらいます。

でも、ヘルメットは飾りではなく、命を守るための道具です。
そしてその中身は、衝撃を受けた時に潰れることで仕事をする消耗品です。

転倒して頭を打ったヘルメットを、そのまま使い続けるのはおすすめできません。

また、大きな転倒がなくても、内装はへたります。
顎ひもも劣化します。
汗や紫外線や湿気の影響も受けます。

古くなったヘルメットは、見た目以上に性能が落ちていることがあります。

ヘルメットは、一度買えば一生使えるものではありません。

命を守る道具だからこそ、定期的な買い替えも必要です。

本当に大事なのは、ヘルメットに頼らなくて済む走り方

ヘルメットは大事です。

良いヘルメットを選ぶことも大事です。
頭に合ったサイズを選ぶことも大事です。
顎ひもをきちんと締めることも大事です。
フルフェイスを選ぶ意味もあります。

ただ、それでもヘルメットは最後の砦です。

本当に大事なのは、その最後の砦に頼らなくて済むように走ることです。

交差点で速度を落とす。
右直事故を警戒する。
車間距離を取る。
見通しの悪い場所では無理をしない。
眠い時は走らない。
雨の日はさらに余裕を持つ。
タイヤやブレーキを過信しない。
自分の技量を過大評価しない。

そういう当たり前の積み重ねが、結局は一番大事だと思います。

ヘルメットを被っているから大丈夫。
高いヘルメットだから大丈夫。
フルフェイスだから大丈夫。

そうではありません。

ヘルメットが仕事をできる範囲に、自分の走りを収める。

この意識が必要だと思います。

ヘルメットに頭を守ってもらう前提で走るのではなく、ヘルメットの出番が来ないように走る。

それが本当の安全運転ではないでしょうか。

最後に

ヘルメットは命を守る道具です。

だからこそ、ちゃんとしたものを選んでほしい。
正しいサイズを選んでほしい。
顎ひもをきちんと締めてほしい。
できれば、顔まで守れるものを選んでほしい。

でも同時に、忘れてはいけないことがあります。

ヘルメットは、事故をなかったことにする道具ではありません。

どれだけ高価でも、どれだけ有名メーカーでも、どれだけレースで使われているモデルでも、守れる範囲には限界があります。

ヘルメットは、死なない保証ではありません。

死ぬ確率を下げる、最後の砦です。

ヘルメットの衝撃吸収能力は、しょせん知れています。
でも、その知れている範囲が、生死を分けることがあります。

ヘルメットは命を守ってくれます。
でも、命を丸投げできるほど強くはありません。

だからこそ、その最後の砦を大事にする。
そして、その最後の砦に頼らなくて済むように走る。

それが、本当の意味での安全だと思います。