その他・雑談若い人がバイクに興味を持たない理由は、バイクだけの問題ではないのかもしれません

最近、店頭で少し気になることがあります。

お父さんと子供さんが一緒にバイクを見に来る。

お父さんは、けっこう熱いんです。

「これ、いいんじゃないか」
「おまえ、こういうの似合うんじゃないか」
「昔はな、こういうバイクに憧れたんぞ」

見ていると、お父さんの方がだんだん少年の顔になってくる。

でも、肝心の子供さんは、どこか冷めている。

「ふーん」
「まあ」
「どれでもいい」

そんな空気のことがあります。

もちろん、若い人すべてがバイクに興味がないわけではありません。
熱心に調べてくる若いお客様もいます。
本当に好きで乗っている若い人もいます。

ただ、昔に比べると、バイクが若い人にとって自然な憧れになりにくくなったのは感じます。

自分の子供も、バイクには乗りませんでした

自分の子供は娘なんですが、やっぱりバイクには乗りませんでした。

子供のころ、モトクロスは少しやったんです。

親としては、少し期待もありました。

「もしかしたら興味を持つかな」
「一緒に走れる日が来るかな」
「バイク屋の子だから、自然と好きになるかな」

そんな気持ちは、正直ありました。

でも、そうはならなかったですね。

別に嫌いというわけではないと思います。
ただ、自分から乗りたい、欲しい、続けたい、というところまでは行かなかった。

考えてみると、自分もそうでした。

自分も親がバイクに乗っていたので、4歳くらいからコースに連れて行ってもらっていました。
モトクロス的なことも、なんとなく始めました。

でも、そのころからバイクが大好きだったかというと、正直そうでもなかったんです。

乗るには乗る。
でも、どちらかというと土いじりをしたり、水たまりで遊んだりしている方が楽しかった。

大人から見ると、
「せっかくコースに来たんだから乗ればいいのに」
と思うかもしれません。

でも子供からすると、バイクはその日の遊びの一部でしかないんですよね。

土。
水たまり。
音。
匂い。
親が楽しそうにしている姿。
帰りに食べたもの。

そういう全部込みで、コースに行った記憶だったんだと思います。

バイクを好きになったのは、認められたから

では、自分がいつくらいからバイクを好きになったのか。

たぶん、中学生くらいです。

レースを始めて、少し結果が出たり、誰かに見てもらえたり、
「お、速いやん」
「うまいな」
「頑張ってるな」
と言われるようになってからでした。

バイクそのものが急に好きになったというより、
バイクを通して、自分が認められたことがうれしかったんだと思います。

「あ、自分はここにいていいんだ」
「自分にもできることがあるんだ」
「自分の走りを誰かが見てくれているんだ」

若いころの自分にとっては、それが大きかった。

社会から存在を認められたような感覚があったのかもしれません。

そう考えると、若い人がバイクを見てもワクワクしないのは、
バイクそのものを知らないからだけではない気がします。

バイクに乗った先で起きることを、まだ知らないからなのかもしれません。

バイクの面白さは、バイクの先にある

店に並んでいるバイクだけを見ると、ただの機械です。

高そう。
危なそう。
暑そう。
寒そう。
免許がいる。
置き場所がいる。
親が心配する。

若い人から見れば、そう見えても不思議ではありません。

でも、実際に乗ると少し違うんです。

ツーリング先の道の駅で、知らない人から、

「お兄ちゃん、どこから来たん?」

と聞かれる。

「大分からです」

と答えると、

「えっ、バイクで?そんなところから来たん?」

と言われる。

この一言が、けっこううれしいんです。

別にものすごい距離でなくてもいい。
本人にとって、少し頑張った距離ならいい。

初めて隣町まで行った。
初めて峠を越えた。
初めて県外に出た。
初めて自分で給油して帰ってきた。
初めて雨に降られず無事に帰ってきた。

そういう小さな冒険が、あとから効いてくる。

バイクの魅力は、車体そのものだけではなく、
乗った先で自分の世界が少し広がることなんだと思います。

知らない土地で、知らない人に話しかけられる。
自分の力でここまで来たと感じる。
そして誰かから、
「そんなところから来たん?」
と言われる。

それは、スマホの中の「いいね」とは少し違う承認です。

画面の中ではなく、現実の場所で、現実の人から、自分の行動を見てもらえる。
この感覚を知らないと、バイクの面白さは伝わりにくいのかもしれません。

昔は、バイクが大人になる入口だった

昔は、若いころに少し背伸びしたかった気がします。

子供扱いされたくない。
一人前に見られたい。
大人に混じって話したい。
「お前も、もうバイクに乗れる年になったんだな」
と言われたい。

バイクは、そういう背伸びにちょうどよかったのかもしれません。

免許を取る。
自分のバイクを持つ。
自分で判断して出かける。
自分で給油する。
自分で危険を避ける。
そして、ちゃんと帰ってくる。

それだけで、少し大人に近づいたような気がしました。

「気をつけて行けよ」
「無茶するなよ」
「ちゃんと帰ってこいよ」

そう言われて送り出されることが、少し誇らしかった。

バイクに乗るということは、自由を手に入れることでもあります。
でも同時に、自分の命を自分で預かることでもあります。

装備をする。
無理をしない。
休む。
天気を見る。
周りを見る。
危ないと思ったら引き返す。
ちゃんと帰ってくる。

そこまで含めて、
「お前もバイクに乗れる年になったんだな」
だったのだと思います。

責任を持つことが、誇らしく見えにくい時代

これはバイクだけの話ではないのかもしれません。

たとえば会社でも、昔は「長」がつく立場になることが、ひとつの承認でした。

班長。
主任。
係長。
店長。
部長。
リーダー。

もちろん大変です。
でも、任された。
認められた。
一人前に見られた。

そういう誇らしさもあったと思います。

でも今は、責任を背負うことが、昔ほど魅力的に見えにくい時代なのかもしれません。

役職がついても、責任だけ増える。
トラブル対応が増える。
上からも下からも言われる。
休みの日にも連絡が来る。
見返りはそこまで大きくない。

それなら、変な責任を背負わない方がいい。
そう考える若い人がいても、不思議ではありません。

バイクも似ています。

危ない。
お金がかかる。
装備もいる。
メンテナンスもいる。
家族も心配する。
事故をすれば責任が大きい。

そこに、
「それでも乗りたい」
と思えるだけの誇らしさや憧れが見えなければ、若い人に届きにくいのは当然かもしれません。

昔は、責任を持つことが大人になることだった。
今は、責任を持たされることが損に見えやすい。

その中で、バイクが持っていた
「自由と責任を同時に引き受ける感じ」
が、若い人には見えにくくなっているのかもしれません。

でも、それは若い人だけの問題ではない

ここで、耳の痛い話になります。

若い人がバイクに興味を持たない理由を、若い人だけのせいにしていいのか。

そう考えると、少し違う気がします。

中年のおじさんが好き勝手に飛ばす。
爆音で走る。
集団で迷惑をかける。
駐車マナーも守らない。
「金払ってるんだからいいだろ」
「客なんだからいいだろ」
「好きで乗ってるんだから文句言うな」

そんな姿を若い人が見ていたら、どう見えるでしょうか。

バイクは、
「大人として認められる道具」
には見えないと思います。

むしろ、
「大人になりきれていない人の道具」
に見えてしまうかもしれません。

これは、かなり痛いところです。

本当はバイクって、自由な乗り物です。
でも、その自由をどう扱うかで、乗っている人の中身が出る乗り物でもあります。

速く走れるからこそ、抑える。
大きな音が出るからこそ、気を使う。
遠くへ行けるからこそ、無理せず帰ってくる。
目立つからこそ、周りに不快感を残さない。

そこまでできて初めて、
「あの人、かっこいいな」
になるのだと思います。

若い人に見せるべきなのは、バイクではなく背中かもしれない

若い人にバイクの魅力を伝えたい。

そう思うなら、ただバイクを見せるだけでは足りないのかもしれません。

「このバイク速いぞ」
「このバイクかっこいいぞ」
「昔はみんな憧れたんだぞ」

それだけでは、今の若い人には届きにくい。

必要なのは、バイクに乗っている大人の背中なんだと思います。

バイクに乗る大人って、なんかいいな。
あんな自由の持ち方はかっこいいな。
あんなふうに楽しんで、でも周りに気を使える大人になりたいな。

そう思ってもらえなければ、いくらバイクの魅力を語っても届かないのかもしれません。

「金払ってるんだからいいだろ」
では、威厳も何もありません。

自由に見えても、そこに品がなければ、ただのわがままに見える。

これは自分にも耳が痛い話です。

バイク屋としても、バイク乗りとしても、
若い人に
「あんなかっこいい大人になりたい」
と思ってもらえる背中を見せられているか。

そこを考えないといけないのだと思います。

バイクは、自分の自由を自分で管理する乗り物

バイクって、乗り物です。

でも、ただの移動手段ではない気がします。

少し大げさに言えば、
自分が責任を持つものをひとつ持つことに近い。

ペットを飼うことも、家族を持つことも、仕事を任されることも、
ただ好きなだけでは済みません。

守るものができる。
気をつける理由ができる。
最後まで面倒を見る責任ができる。

バイクも、それに少し似ています。

自分の判断で動いて、
自分の判断で止まって、
自分の判断で引き返して、
自分の責任で帰ってくる。

ちゃんと点検する。
ちゃんと装備する。
無茶をしない。
周りに迷惑をかけない。
家族を心配させすぎない。
無事に帰ってくる。

そうやって、自分の自由を自分で管理する。

そこまで含めて、バイクに乗るということなのだと思います。

若い人がバイクにワクワクしない理由

若い人がバイクに興味を持たない。
そう言うのは簡単です。

でも本当は、バイクが嫌いなのではなく、
バイクの先にあるものが見えていないだけかもしれません。

バイクで出かけた先で、
「そんなところから来たん?」
と言われること。

親や周りの大人から、
「気をつけて行ってこい」
と送り出されること。

自分で判断して、無事に帰ってきて、
少しだけ自分を誇らしく思えること。

バイクを通して、
誰かに認められること。
信用されること。
自分の世界が広がること。

そこを経験しないと、バイクはただの危ない乗り物に見えるのかもしれません。

そして、もうひとつ。

僕ら大人のバイク乗りが、
若い人に憧れられる姿を見せられていなければ、
バイクが魅力的に見えないのも当然なのかもしれません。

若い人が変わった。
時代が変わった。
それもあると思います。

でも、若い人が背伸びして近づきたいと思える大人が、今どれだけいるのか。

そこも問われている気がします。

バイクの未来を考えるなら、
若い人に「乗れ」と言う前に、
僕ら大人が「あんなふうに乗りたい」と思われる存在でいないといけない。

安全に気をつける。
周りに配慮する。
無茶をしない。
ちゃんと帰ってくる。
そして、心から楽しむ。

バイクは自由な乗り物です。

でも本当の自由は、好き勝手にすることではなく、
自分の責任で楽しみ、周りにも不快感を残さず、無事に帰ってくることだと思います。

若い人にバイクの魅力を伝えるには、
まず僕らがその背中を見せること。

「あんなかっこいい大人になりたい」

そう思ってもらえるバイク乗りでありたいですね。