
バイクって、しばらく乗っていないと、なんとなく乗り方が分からなくなることがあります。
もちろん、操作方法を忘れるわけではありません。
クラッチ、アクセル、ブレーキ、シフトチェンジ。
そういう手順は頭では分かっています。
でも実際にまたがって走り出すと、なんか身体が決まらない。
力を入れる場所が分からない。
関節の角度が合わない。
身体がくにゃくにゃして、バイクの上で安定しない。
これは単純に「体力が落ちた」という話ではなく、身体の中にあるバイクの基準が薄れているのだと思います。
肘の角度。
膝の曲がり。
腰の位置。
ステップへの荷重。
ブレーキをかけた時の身体の支え方。
曲がる時の頭の位置。
腕の力の抜き方。
乗れている時は、こういうものを無意識に調整しています。
でも、しばらく乗っていないと、その感覚が少しずつ曖昧になります。
だから久しぶりに乗ると、「バイクが重い」「曲がらない」「怖い」と感じることがある。
でも実際には、バイクが急に変わったのではなく、人間側の基準が少しズレているのかもしれません。
力は入っているのに、バイクが動かない
自分自身も、バイクにまったく乗らない日が続いたあとに、いざモトクロスコースを走ると、体に力ばかり入ってしまうことがあります。
力は入っている。
でも、その割にバイクが思うように動いてくれない。
これはバイクが悪いというより、人間側の感覚がズレているのだと思います。
どこに荷重するのか。
どのタイミングで力を抜くのか。
どの関節の角度なら踏めるのか。
どこで身体を支えて、どこを自由にするのか。
そういう感覚が薄れていると、必要以上に力んでしまいます。
そして力んでいるわりに、バイクは動かない。
むしろ固まった体が邪魔をして、バイクの自然な動きを止めてしまう。
怖いというよりも、どう動いていいかが分からない状態になる。
バイクの扱いがうまい人というのは、ただ力が強い人ではないと思います。
自分が何をしたら、バイクがどう動くのか。
それが分かっている人です。
少しステップを踏んだら、どのくらい傾くのか。
腕の力を抜いたら、どのくらい向きが変わるのか。
前に乗ったら、フロントの接地感がどう変わるのか。
後ろに引いたら、リアがどう安定するのか。
そういう反応を感じ取れる人は、無理に力で押さえつけなくてもバイクを動かせます。
大事なのは、速さではなく反応を見ること
バイクの練習というと、どうしても速く走ることを想像しがちです。
もっとスピードを出す。
もっと深く寝かす。
もっと強くブレーキをかける。
そういうイメージがあるかもしれません。
でも、バイクの扱いがうまくなるためには、必ずしも速度を出す必要はないと思います。
大事なのは、入力に対してバイクがどう反応するかを見ることです。
少しステップを踏んだら、バイクがどう傾くのか。
腰の位置を変えたら、曲がり方がどう変わるのか。
腕の力を抜いたら、フロントが入りやすくなるのか。
ブレーキをかけた時、身体はどこで支えられているのか。
目線を先に送ると、身体と車体がどうついてくるのか。
こういう確認は、低い速度でもできます。
むしろ速度を上げすぎると、怖さや緊張が先に来て、バイクの反応を冷静に見る余裕がなくなることもあります。
ただし、公道で確認する場合は、周りの交通をしっかり確認できる速度でなければ危険です。
バイクの反応を見ようとして、前方や周囲への注意が薄れてしまっては本末転倒です。
歩行者、自転車、対向車、後続車、交差点、駐車車両。
そういうものをきちんと見られる余裕のある速度で行うことが大前提です。
低い速度で、余裕を持って、周囲を確認しながら。
その中で「こうしたらこう動く」を感じ取る。
私は、バイクの扱いを上手くするうえで、これはかなり大事なことだと思っています。
小さいバイクでも、感覚は確認できる
大型バイクに乗る人ほど、小さいバイクに乗る意味はあると思います。
もちろん、大型バイクと原付や125ccは同じではありません。
車重もパワーもタイヤもブレーキも違います。
でも、バイクの上で身体をどう置くか。
どこに荷重するか。
力を入れるのか、抜くのか。
視線をどこへ送るのか。
自分の入力に対して車体がどう反応するのか。
そういう部分は、小さいバイクでも十分に確認できます。
むしろ小さいバイクのほうが、速度もパワーも限られているぶん、ごまかしが効きにくいところもあります。
腕で押さえると曲がらない。
身体が遅れるとバイクが寝ていかない。
ステップへの荷重が曖昧だと、動きも曖昧になる。
目線が近いと、ラインが作れない。
こういうことが、低い速度でも見えやすい。
だから、毎回ツーリングに行く必要はないと思います。
レースのような強度で走る必要もありません。
近所を少し走る。
通勤や買い物で乗る。
店の周りを少し確認する。
安全な場所で、止まる、曲がる、荷重する、力を抜く、視線を送る。
それだけでも、身体の中のバイクの基準を切らさない効果はあると思います。
モータースポーツをする人ほど、日常的に乗る意味がある
モータースポーツをする人にとっても、これはかなり大事なことではないかと思います。
もちろん、毎日レースの強度で走る必要はありません。
飛ばす必要もありません。
大きいバイクでなくてもいいと思います。
大事なのは、バイクの反応を確認することです。
少しステップを踏んだら、どう動くのか。
腕の力を抜いたら、どう曲がるのか。
身体の位置を変えたら、接地感がどう変わるのか。
ブレーキをかけた時に、どこで体を支えるのか。
そういう確認は、低い速度でもできます。
原付や小排気量のバイクでもできます。
むしろ、そういう短いスパンでの確認を続けておくことで、いざコースを走った時に、体がバイクに遅れにくくなる。
力で押さえつけるのではなく、バイクの動きに合わせて操作しやすくなる。
速く走るためだけではなく、バイクの反応を感じる感覚を切らさないために、できるだけ日常的に乗る。
これはモータースポーツをする人にとって、かなり大事なことではないかと思います。
バイクに乗ることは、身体の整体みたいなもの
そう考えると、バイクに乗ることは、ある意味で整体みたいなものかもしれません。
ただ筋肉を使うだけではありません。
身体の軸を整える。
関節の角度を思い出す。
力が入る場所を確認する。
逆に、力を抜く場所を確認する。
左右のバランスを見る。
ステップ、シート、ハンドルに対して、自分の身体をどう置くかを整える。
これは、速く走る練習というより、身体の調整に近いと思います。
しばらく乗っていないと、身体がバイク用の形から外れている。
そこで少し乗ると、
「あ、ここに乗ればいいのか」
「ここで力を抜けばいいのか」
「この膝の角度なら踏めるのか」
「腕で支えるから動かないのか」
ということを思い出してくる。
しかも面白いのは、誰かに整えてもらうのではなく、バイクの反応を見ながら自分で整えていくところです。
バイクが教えてくれるんです。
力んでいれば曲がらない。
荷重が抜けていれば安定しない。
目線が近ければ体が遅れる。
関節の角度が悪ければ踏めない。
つまり、バイクに乗ることで、自分の身体のズレを教えてもらっている。
だから、バイクに乗ることは、ある意味で身体の整体みたいなものだと思います。
バイクとの会話を切らさない
バイクは、乗っていないと忘れるというより、身体の物差しが少しずつズレていく乗り物なのかもしれません。
その物差しを整えるために、少しでも乗る。
短い時間でもいい。
小さいバイクでもいい。
低い速度でもいい。
ただし、公道では必ず、周りの交通を確認できる余裕のある速度で。
これは絶対に外してはいけない条件です。
大事なのは、バイクに乗って、自分の入力に対する反応を感じることです。
こうしたら、こう動く。
ここに乗ると安定する。
ここで力むと曲がらない。
ここで抜くとバイクが入っていく。
その確認を続けることで、身体の中の基準が保たれる。
無理に速く走る必要はない。
攻める必要もない。
ただ、バイクとの会話を切らさない。
それが、バイクの扱いがうまくなるために、そして安全に楽しく乗り続けるために、けっこう大事なことなのだと思います。