
先日、ヤマハの工場についての記事を書きました。
現在の国内二輪市場では、昔のように一つの車種を何千台、何万台と連続して作ればいいわけではありません。
販売台数そのものは以前より少なくなっている一方で、車種も排気量も仕様も多い。
そのため現在の工場には、
「少ない台数を、多くの種類に分けて作る」
能力が求められています。
ヤマハの工場について調べてみると、この少量多品種生産への対応は非常によく考えられていて、
「今の二輪市場でこれだけ多くの車種を残していくためには、こういう工場が必要なんだろうな」
と思いました。
ただ、そこで一つ疑問が残りました。
これだけ柔軟に生産できる工場があるのに、
「来月生産予定だったバイクが翌月になりました」
ということが、なぜ起きるのでしょうか。
販売店にいると、これはそれほど珍しい話ではありません。
そこで今回は、完成車を組み立てる工場だけではなく、
「そこへ部品がどうやって集まってくるのか」
というところまで少し調べてみました。
すると、現在のバイク生産の姿がかなり違って見えてきました。
バイク工場を一流レストランに例えてみる
少し乱暴なたとえですが、現在のバイク工場は一流レストランに似ているのかもしれません。
腕のいい料理人がいる。
素晴らしい厨房設備がある。
少人数のお客さんにも対応できるし、注文に合わせて何種類もの料理を作ることができる。
ヤマハが進めている少量多品種生産というのは、ある意味、この「厨房の能力」を非常に高めたものだと思います。
しかし、どれだけ優秀な料理人と厨房があっても、料理に必要な食材がなければ一皿は完成しません。
肉もある。
野菜もほとんど揃っている。
調味料もある。
それでも、その料理にどうしても必要な一種類の食材だけが届いていなければ、その料理だけは出せない。
バイクも同じでしょう。
エンジンがある。
フレームがある。
ホイールもある。
サスペンションもある。
それでも、小さな樹脂カバー一つがなければ、商品として完成させることはできません。
ここが、完成車工場だけを見ていると分かりにくいところなのだと思います。
「海外で作る=安くするため」と思いがちですが
海外で部品を作っていると聞くと、
「人件費の安い国で作って、コストを下げているんでしょう」
と思う方は多いのではないでしょうか。
私自身も最初は、かなりそういうイメージを持っていました。
もちろんコストは重要です。
ヤマハ自身も過去に、ASEAN、中国・台湾、インド、日本の4極で部品調達機能を強化し、世界の生産拠点へ「コスト競争力ある部品」を供給していく方針を公表しています。
ですから、海外生産や海外調達にコスト面の狙いがないわけではありません。
ただ、調べていくと、それだけで現在のグローバル生産を説明するのは少し違うように思えてきました。
むしろ、
「売る場所の近くで作る」
「完成車工場の近くで、必要な部品を作る」
「その地域に高い生産能力があるなら、そこを活用する」
という考え方も非常に大きいようです。
世界各地に「良いレストラン」を作る
先ほどのレストランの例で考えてみます。
例えば東京、パリ、ジャカルタに同じブランドの一流レストランを出すとします。
パリ店で使うすべての野菜を、わざわざ毎朝日本から空輸する必要はありません。
フランスやその周辺で同じ品質の良い野菜が手に入るのであれば、近くから仕入れた方が合理的です。
輸送距離は短くなる。
輸送費も少なくなる。
必要になった時に供給しやすい。
その市場の需要変化にも対応しやすい。
ただし、何でも現地で揃えればいいという話でもありません。
その料理の味を決める特別な食材だけは日本から持ってくるかもしれない。
別の材料はイタリアから仕入れるかもしれない。
つまり、
「全部を一番安いところで作る」
のではなく、
「その場所で作るのが合理的なものは、その場所で作る。そこで作れないものや、別の場所で作った方が良いものは、そこから持ってくる」
という組み合わせです。
現在のバイク生産も、かなりこれに近いように思います。
Ténéré700は「市場の近くで作る」という考え方
非常に分かりやすい例がTénéré700です。
ヤマハの技報を見ると、Ténéré700は開発段階から、主要市場になるべく近い場所で生産するため、フランスと日本の2拠点で生産することが決められていました。
つまり、
「日本で全部作って、完成車を世界中へ送る」
という考え方だけではないのです。
主要な市場の近くにも、きちんと完成車を作る能力を持たせる。
レストランでいえば、日本にだけ一流店を置いて料理を世界中へ運ぶのではなく、パリにもジャカルタにも、ちゃんと料理のできる店を用意する。
そして、その店の近くで良い食材が手に入るのであれば、なるべく近くから仕入れる。
現在のグローバル生産は、そんな考え方に近いのでしょう。
海外工場は「安く作るだけの工場」ではない
さらに興味深いのは、海外工場で作っている部品です。
東南アジアというと、小排気量車や比較的簡単な部品を大量に作っているイメージを持つ方もいるかもしれません。
しかしヤマハの公開資料を見ると、インドネシアではクランクケース、DiASilシリンダー、シリンダーヘッド、ホイールなどが生産されています。
さらに大型・多気筒エンジン用のクランクケースまで生産できる能力を持っています。
タイやベトナムにも、エンジン関係やホイールなどの生産拠点があります。
つまり、
「日本では高品質なものを作って、海外では安い簡単なものだけを作る」
という単純な構造ではありません。
海外拠点そのものに、高度な生産技術を持たせているわけです。
レストランの例で言えば、
「本店だけに一流シェフがいて、海外店は簡単な料理だけ作る」
のではなく、
海外にもきちんと料理のできる厨房と料理人を育てている、ということになります。
では、日本では組み立てだけをしているのか?
もちろん、そんなこともありません。
日本国内にも重要な製造技術は数多く残っています。
例えばMT-09では、エンジン、燃料タンク、鋳造技術、SPINFORGED WHEELなど、ヤマハ自身が日本国内のものづくり技術を公開しています。
つまり、
「日本か海外か」
という二択ではないのでしょう。
日本で作るのが合理的なものは日本で。
インドネシアで作るのが合理的なものはインドネシアで。
タイ、ベトナム、中国、台湾、欧州など、それぞれに得意な分野がある。
さらにKYBやBremboなど、ヤマハ以外の専門メーカーから供給される高機能部品もあります。
世界中の得意な場所を組み合わせて、一台のバイクを作っている。
そう考えた方が、現在のものづくりの姿に近そうです。
では、プラスチック系の部品は?
今回、特に気になったのが樹脂部品です。
カウル。
サイドカバー。
フェンダー。
エアクリーナーボックス。
インナーカバー。
灯火器周辺の部品。
一台のバイクには、かなり多くの樹脂部品が使われています。
こういったものこそ、
「人件費の安い海外で作っているのでは?」
と思っていました。
ところが調べてみると、これもそれほど単純ではありません。
ヤマハは日本国内にも樹脂成形技術を持っていますし、海外の生産拠点にも射出成形の技術を展開しています。
結局は、
部品の数量。
金型。
塗装。
物流。
完成車を作る場所。
その地域でどれくらい使うのか。
そういったものを総合的に考えて、生産場所を決めているのでしょう。
そして、この樹脂部品を考えてみると、完成車工場とは少し違った難しさが見えてきます。
レストランでトマトが5個必要だから、畑で5個だけ作るわけではない
完成車工場では、
今日はこの車種を10台。
次は別の車種を20台。
その次に違う仕様を5台。
というように、少ない台数でも柔軟に切り替えて作ることができます。
これが少量多品種生産の強みです。
しかし、そのバイクに使う部品を作る側まで、同じように数個単位で動けるとは限りません。
レストランで今日トマトが5個必要だからといって、農家がそのレストランのためにトマトを5個だけ作るわけではありません。
畑では一定の面積でまとめて育てる。
種をまいたからといって明日収穫できるわけでもない。
収穫できる時期も決まっています。
食品工場でも同じでしょう。
一つの商品を5個だけ作り、そのために機械を止めて洗浄し、設定を変え、次の商品を10個作り、また元の商品に戻す。
そんなことを繰り返していたら、非常に効率が悪くなります。
ある程度まとまった数量を一度に作った方が合理的です。
バイクの部品も同じです。
例えば樹脂部品を射出成形するには、
金型を取り付ける。
材料を準備する。
成形条件を設定する。
成形する。
品質を確認する。
必要なら塗装する。
さらに検査して梱包する。
という工程があります。
完成車は10台だけ作ることができても、その10台のために専用カウルを10個だけ成形して、すぐ別の金型に交換するとは限らない。
むしろ部品工場の側では、
「次にこの部品を何百個まとめて作る」
というようなロット生産になることもあるでしょう。
ここに、完成車工場と部品工場の大きな違いがあります。
完成車工場が柔軟になるほど、部品を揃える方は難しくなる?
これは少し面白いところです。
完成車工場では少ない台数でも柔軟に車種を切り替えられるようになった。
しかし、その部品を作る工場まで、同じ単位では動けない。
そうすると、
「この車種を来週10台作りたい」
と思っても、そのために必要な部品がちょうど10個だけ来週できあがるとは限りません。
部品側には部品側の生産ロットがある。
材料の入荷予定がある。
金型を使う順番がある。
塗装する順番がある。
さらに、それが海外で作られているのであれば輸送の日程まであります。
つまり完成車工場の自由度が高くなればなるほど、
「必要な部品を、必要な数量だけ、必要な日に揃える」
という仕事は、むしろ難しくなる面もあるのではないでしょうか。
一流レストランでも、食材が一つなければ料理は出せない
ここで最初のレストランの話に戻ります。
最高の料理人がいる。
最新の厨房もある。
今日のお客さんの人数にも十分対応できる。
しかし、その店の看板料理に使う一種類の食材が届いていない。
厨房は空いています。
料理人もいます。
他の食材もあります。
それでも、その料理は作れません。
バイクも同じだと思います。
工場の生産能力が足りないから納期が遅れるとは限りません。
ラインは動かせる。
人もいる。
その車種を作る予定も入っていた。
それでも、その日に必要な部品の一つが揃わなければ、生産計画そのものを後ろへ動かさざるを得ないことがあるでしょう。
しかも今は、その「食材」が世界各地から集まってきます。
世界中から集めることの強さと弱さ
グローバルな部品調達には大きなメリットがあります。
一つの国だけですべてを作る必要がない。
それぞれの地域の得意な工場を使える。
市場の近くでも完成車を作れる。
大量に使う部品は効率よくまとめて生産できる。
現在のように二輪市場そのものが以前より小さくなっても、多くの車種を残しやすくなる。
つまり海外生産は、
「安いところで作ってコストを下げる」
だけではなく、
「今の規模の二輪市場でも、多くの車種を成立させるための仕組み」
でもあるのだと思います。
ただし当然、弱点もあります。
原材料メーカー。
部品メーカー。
加工工場。
塗装工場。
港。
船。
陸上輸送。
完成車工場。
このどこかで予定がずれれば、最終的な完成車にも影響します。
世界中をつなぐことで非常に強い生産システムになる一方、そのつながりが長くなれば、遠く離れた場所で起きた問題の影響を受ける可能性もあります。
実際に、海外から部品が来なければ国内工場も止まる
これは単なる想像ではありません。
2020年、新型コロナウイルス感染拡大の際、ヤマハは国内の二輪車関連工場で生産調整を行いました。
その理由の一つとして、ヤマハ自身が「海外からの生産部品の納入影響」を挙げています。
日本の工場が壊れたわけではありません。
日本でバイクを作る技術がなくなったわけでもありません。
海外から必要な部品が予定通り届かなくなった。
それだけでも、国内の生産は止まってしまいます。
もちろんコロナ禍は非常に極端な例です。
しかし、もっと小さな規模なら、
船便が遅れた。
材料が予定通り入らなかった。
部品工場の生産順序が変わった。
品質上の問題で作り直しになった。
想定以上に別市場で需要が増えた。
部品の生産ロットが予定に合わなかった。
といったことは十分考えられます。
だから「○月生産予定」は、やはり予定なのだと思う
販売店では、
「この車両は○月生産予定です」
という情報をいただくことがあります。
当然、お客様にもそれを基準に納期をご案内します。
ところが、後になって一か月ほど後ろへ動くことがあります。
販売店側からすると、
「その月に工場で作る予定だったのなら、そのまま作れないの?」
と思うこともあります。
しかし今回、部品供給まで含めて見てみると、少し理解できるようになりました。
生産計画というのは、
「その日のラインに空きがある」
だけでは成立しないのでしょう。
その日に、
その車種のエンジンがある。
その色のタンクがある。
そのホイールがある。
そのサスペンションがある。
その電子部品がある。
その外装部品がある。
すべてが揃って、初めて一台を完成させることができます。
レストランで考えれば、
予約も入っている。
料理人もいる。
厨房も空いている。
でも肝心の食材が一つ届いていない。
それでは料理を出せません。
そう考えると、
「○月生産予定」
というのは、まさしく「予定」なのだと思います。
海外生産に対する見方も少し変わった
今回調べてみて、自分の中でも海外生産に対するイメージが少し変わりました。
最初はどうしても、
「人件費の安い国で作ることでコストを下げている」
という面を強く考えていました。
もちろん、それも重要な理由でしょう。
しかし実際には、
世界各地に良いレストランを用意する。
その地域で良い食材が作れるのであれば、なるべく近くから調達する。
そこで作れない特別な食材だけを遠くから運んでくる。
さらに、そのレストランでも本店と同じような料理が作れるように、設備、技術、品質管理を整える。
現在のヤマハのグローバル生産は、そんなイメージに近いのではないでしょうか。
「全部を一番安い国で作る」
でもない。
「全部日本で作る」
でもない。
近くで作れるものは近くで。
まとめて作った方が合理的なものは適した場所で。
特殊な部品は、それを上手に作れる専門メーカーから。
その組み合わせで一台のバイクを作る。
それが現在のものづくりなのでしょう。
バイクは、工場だけでは作れない
前回ヤマハの工場について調べた時、
「これだけ少量多品種に対応できる工場というのは、本当にすごいな」
と思いました。
今回、そのさらに外側まで見てみて感じたのは、
「いくら良い工場を作っても、それだけではバイクは作れない」
という当たり前のことでした。
一流のレストランがある。
腕のいい料理人もいる。
少人数の注文にも柔軟に対応できる厨房もある。
でも、その料理に使う野菜を5個だけ欲しいからといって、農家が5個だけ育てるわけではない。
農家には農家の生産サイクルがあり、食品工場には食品工場のロットがあります。
それを必要な量、必要な時期に合わせながら集め、一皿の料理に仕上げる。
バイクも同じです。
世界各地の工場やサプライヤーで作られた何千種類もの部品を集め、
必要な時に、
必要な場所へ、
必要な数量だけ届ける。
そして最後に、少量多品種に対応した工場で一台のバイクに仕上げる。
私たち販売店では、
「予定通り入荷しました」
の一言で終わることです。
でも、その一台の後ろでは、世界中の工場、サプライヤー、物流、そして膨大な生産管理が動いている。
そう考えると、
たまに生産予定が一か月ずれることよりも、
これだけ複雑な仕組みの中で、多くのバイクが予定した時期にきちんと完成し、販売店まで届いていることの方が、
実はかなりすごいことなのかもしれません。