
以前、「ヘルメットを被ってさえいれば大丈夫、ではありません」という記事を書きました。
もちろん、バイクに乗るならヘルメットを被るのは大前提です。
ただ、もう少し踏み込んで考えてみると、
「ヘルメットを被っている」
ことと、
「事故のときにヘルメットが仕事をできる状態になっている」
ことは、必ずしも同じではありません。
高価なヘルメットでも、安全規格を満たしたヘルメットでも、事故の途中で頭から外れてしまえば、その先の頭を守ることはできません。
そして実は、この「頭から外れない」という部分には、ヘルメットを買うときのサイズ選びや、何年も使ったあとのフィット感が大きく関係してきます。
今回はそこを、もう少し掘り下げてみたいと思います。
ヘルメットは「最初の一撃」だけ守ればいいわけではない
バイクの事故というと、
転倒して、頭を路面にゴンとぶつける。
そんな一回の衝撃を想像するかもしれません。
でも実際の事故は、そんなにきれいには終わりません。
バイクから投げ出される。
身体が路面に当たる。
頭が何かにぶつかる。
その反動で頭が跳ねたり、回転したり、さらに別の場所へ衝突したりする。
ITARDA(交通事故総合分析センター)の事故分析でも、頭部が物体に衝突したあと、激しく反発・回転することで、ヘルメットを脱がそうとする大きな力が発生することが指摘されています。
つまりヘルメットは、
「最初の一発を受け止めれば仕事終了」
ではありません。
事故が始まってから終わるまで、できる限り頭についていなければならないのです。
ヘルメットが外れた事故では、死亡割合が大きく上がる
ITARDAが2013~2022年の事故を分析した資料では、二輪車乗車中の死者のうち、事故時にヘルメットが離脱していた人の割合は、10年間おおむね30%前後で推移しています。
また2022年の死傷者に占める死者の割合を見ると、
ヘルメット着用・離脱なし 0.8%
ヘルメット着用・離脱あり 5.1%
となっています。
単純計算すると約6.4倍です。
もちろん、
「ヘルメットが脱げたから亡くなった」
とすべてを単純に結びつけることはできません。
非常に大きな事故だったからこそ、ヘルメットも離脱したというケースも含まれるでしょう。
それでも、
「事故の途中でヘルメットがなくなることが、極めて危険な状態である」
ことは想像できると思います。
頭を守る道具なのですから、頭からなくなってしまえば、その先は生身です。
あご紐を締めないのは、もちろん論外
ヘルメットの離脱という話をすると、
「それ、あご紐を締めていなかっただけじゃないの?」
と思われるかもしれません。
実際、あご紐を締めずに走るのは論外です。
過去のITARDAの詳細事故調査でも、脱落原因を特定できた52件のうち、
あご紐を締めていなかったものが29件。
いわゆる「スッポ抜け」が21件。
締結部などの破損は2件でした。
さらに、スッポ抜けした事例の多くでは、あご紐が緩かったことも確認されています。
ですから、まずあご紐を正しく締める。
これは議論する以前の基本です。
ただ、私が店頭でむしろ気になるのは、そのもう一歩手前。
「そもそも、そのヘルメットは頭にきちんと合っているのか?」
ということです。
初めてヘルメットを買う人ほど「楽なもの」を選びたがる
店頭でヘルメットを選んでいただいていると、バイク経験の少ない方ほど、
「これ、きつくないですか?」
と言われることがあります。
これは無理もありません。
普段の生活で、頭をこれほどしっかり包み込むものを被ることはあまりありません。
頬が押される。
被るときに耳が引っ掛かる。
脱ぐときにも少し力がいる。
すると、一つ大きなサイズを試して、
「こっちの方が楽ですね」
「これならスポッと入ります」
となることがあります。
でも、そこでちょっと考えてみてほしいのです。
スポッと入るということは、条件によってはスポッと抜ける方向にも近づいているということです。
もちろん、
「きつければきついほど安全」
という意味ではありません。
頭の形は人それぞれですし、一部分だけ強烈に当たって痛いヘルメットを我慢して使う必要もありません。
サイズを大きくするのではなく、違うモデルを試したり、内装の厚みを調整したりすることで解決できることもあります。
大切なのは、
「一番楽なもの」
を選ぶことではなく、
「自分の頭をきちんと保持できるもの」
を選ぶことです。
ヘルメットは帽子ではありません。
新品の「ちょっときつい」は、使っていくうちに変わる
新品のヘルメットを買ったとき、
「少しきついな」
と感じていたものが、しばらく使ううちに馴染んできます。
これは普通のことです。
問題は、そのさらに先です。
何年も使っていると、頭や頬に触れている内装のクッション材は少しずつへたっていきます。
毎回ほんの少しずつ変化するので、使っている本人ほど気づきにくい。
新品のころは両手で少し広げながら被っていたものが、いつの間にかスポッと入るようになる。
頬もしっかり押されていたのに、ほとんど圧迫感がなくなる。
そこで、
「すっかり自分の頭に馴染んだ」
と思ってしまう。
でも安全装備という視点から見るなら、
「新品のころより、頭を保持する力が弱くなっていないか?」
と考えてみる必要があります。
「外側がきれいだから大丈夫」とも限らない
何年も使っているヘルメットでも、非常にきれいなものがあります。
大きな傷もない。
落とした覚えもない。
シールドもきれい。
だから、
「まだまだ使える」
と思う。
しかしヘルメットは、外側のシェルだけで成立しているものではありません。
中には衝撃を吸収するライナーがあり、さらに頭や頬を保持する内装があります。
特に日常的に感じやすいのは、この内装のへたりです。
メーカーも、内装がへたってヘルメットが緩く感じるようになったり、頭を左右に振ったときにヘルメットがずれるようになった場合には、内装交換やヘルメットそのものの状態確認を勧めています。
つまり、
「まだ頭に被れる」
ことと、
「新品時に想定されたフィットを維持している」
ことは別なのです。
Mサイズは、何年使ってもMサイズ。でもフィットは同じではない
たとえば新品時にちょうどよかったMサイズのヘルメット。
何年使っても、外側に書かれている「M」という表示は変わりません。
しかし内装が大きくへたっていれば、頭とヘルメットの関係は新品時とは違います。
もちろん、
「内装がこれだけ潰れたからLサイズ相当」
などと単純に換算できるものではありません。
ただ、
頭を左右に振るとヘルメットだけ遅れて動く。
以前より前後左右に簡単にずれる。
走行中、風圧でヘルメットの位置が変わる。
そんな状態なら、
「まだ使えるか」
ではなく、
「事故のとき、頭を保持できる状態なのか」
という視点で見直してもいいと思います。
交換可能なモデルなら、内装だけ新しくする方法もあります。
ヘルメットそのものを買い替える前に、内装を交換しただけで、
「こんなにきつかったっけ?」
と驚くこともあるでしょう。
むしろ、それが新品時に近い状態なのかもしれません。
事故では、自分でヘルメットを脱ぐのとはまったく違う力がかかる
普段ヘルメットを脱ぐときは、
バイクを停めて、
あご紐を外し、
両手でヘルメットを少し広げ、
頭を抜きます。
だから、
「あご紐さえ締めていれば、こんなものが脱げるわけがない」
と思ってしまうかもしれません。
しかし事故では違います。
ヘルメットだけが何かに引っ掛かる。
頭が急激に反発する。
斜め方向から大きな力が入る。
頭そのものが激しく回転する。
自分では絶対にそんな脱ぎ方をしない、という方向から、一瞬で大きな力を受けます。
そのときにヘルメットを頭に残しておくために、
適正なサイズ。
適正なフィット。
正しく締めたあご紐。
この三つが必要になります。
もちろん、どれだけ正しく着用しても、あらゆる事故で絶対に脱げないわけではありません。
安全装備に「絶対」はありません。
だからこそ、少しでもその可能性を下げるために、できることをしておくのです。
ヘルメット選びで「楽」を最優先にしない
誤解してほしくないのは、
「苦しいヘルメットを我慢して被りましょう」
という話ではありません。
一部分が痛い。
長時間被ると頭痛がする。
明らかに頭の形に合わない。
それは適正なフィットとは言えません。
しかし一方で、
「何も被っていないように楽」
ということを基準にサイズを上げていくのも違います。
新品なら、頭全体がしっかり包まれている。
頭を振ればヘルメットも一緒についてくる。
頬も適度に保持されている。
そのうえで、特定の場所に強い痛みがない。
そういうところを探していく。
だからこそ、初めてヘルメットを買う方には、できれば店頭で実際に被って選んでほしいと思います。
数字だけでは分からないことが、かなりあるからです。
ヘルメットの仕事は「事故が終わるまで頭から離れないこと」
ヘルメットを選ぶとき、
価格。
ブランド。
デザイン。
安全規格。
軽さ。
通気性。
フルフェイスかジェットか。
いろいろなことを考えると思います。
もちろん、どれも大切です。
でも、そのすべての性能にはひとつ大前提があります。
事故のとき、ちゃんと頭についていることです。
どれほど優れた衝撃吸収性能を持っていても、途中で頭からなくなってしまえば、その先を守ることはできません。
あご紐を締めるのは当たり前。
そのうえで、
そのサイズは本当に合っているのか。
あご紐は緩すぎないか。
内装がへたって、昔より簡単に動くようになっていないか。
「馴染んで被りやすくなった」と思っているその状態は、本当に今も適正なのか。
一度、自分のヘルメットを被って、頭を左右に振ってみてください。
買ったころより、ヘルメットだけがずいぶん動くようになってはいないでしょうか。
ヘルメットは、ただ頭に載せておくものではありません。
事故が始まった瞬間から終わるまで、頭から離れず、頭に加わるダメージを少しでも減らす。
そこまでできて初めて、ヘルメットは本来の仕事ができるのだと思います。