
ヤマハの過去車と、終わろうとしているトリシティのこと
バイクというのは、不思議なものです。
売っているときには
「ちょっと特殊だね」
「分かる人には分かるけど」
「そこまで売れないよね」
という扱いだったのに、なくなってから急に
「あれは良かった」
「今思えば名車だった」
「もうああいうバイクは出ない」
と言われはじめることがあります。
ヤマハには、そういうバイクが少なくないように思います。
SDR、TRX850、SRX600、R1-Z、TDR250、MT-01……。
現役当時には市場の中心ではなかったのに、あとになって価値が見えてきたバイクたちです。しかもそれは、ただの思い出話ではなく、いまの中古車相場にもある程度表れているように見えます。
だからこそ思うのです。
本当に価値のあるバイクなら、評価はなくなってからするものではなく、まだ販売されているときにこそ与えられるべきではないかと。
ヤマハには、あとから価値が見えてくるバイクが多い
ヤマハのバイクには、売っている間にすぐ価値が伝わるものと、あとになってじわじわ価値が見えてくるものがあります。
前者は分かりやすいです。
速い、便利、格好いい、価格にも納得しやすい。
市場の真ん中にいて、多くの人に届く。
でも後者は、そうではありません。
少し尖っている。
少し変わっている。
良さがスペックだけでは伝わりにくい。
だから販売中は、“分かる人には分かる”という存在になりやすい。
ヤマハは昔から、そういう少し不器用なほど個性的なバイクを作ってきたメーカーだと思います。
たとえばSDR
まず思い浮かぶのはSDRです。
今では軽さや細さ、割り切りのよさが魅力として語られますが、販売されていた当時、少なくとも私たちの店では、ものすごく売れていたという記憶はありません。
DT200R系のエンジンを積み、自転車かと思うほど細い車体は、今見ると独特の魅力ですが、当時は逆に頼りなく見える面もありました。
しかも販売台数のわりには、修理に入ってきた印象が意外に残っています。
転倒してしまった車両も少なくなかった記憶があります。
そういう意味でも、当時は“軽快で面白い”より先に、“ちょっと特殊で人を選ぶバイク”として見られていたのかもしれません。
でも今になると、ああいう思想のバイクは本当に代わりがありません。
中古車相場を見ても、すでに気軽に買える旧車という感じではなく、きれいな個体にはかなりしっかり値がつく世界になっています。
TRX850は、当時の空気では評価されにくかった
TRX850も、今のほうが価値が分かりやすい一台だと思います。
このバイクも、お店で人気車だったという印象は正直あまりありません。
私は試乗車をひっくり返してしまい、カウルがバラバラになった悲しい記憶のほうが強く残っています。
でも、それも含めて時代だったのだと思います。
当時はまだ、本気のレプリカこそ偉い、という空気がかなり強かった。
そんな中でTRX850のように、わざわざパワー勝負ではない方向の楽しさを持ったバイクは、評価されにくかったのではないでしょうか。
今なら、あの鼓動感や細い車体、スペック一辺倒ではない乗り味の良さが分かりやすい。
けれど当時はまだ、そこを積極的に楽しむ時代ではなかった。
中古車相場を見ても、ほかの極端に高騰している絶版車ほどではないにしても、当時の人気の薄さを思えば、十分に見直された存在だと思います。
SRX600は、地味だけれど今思えば贅沢だった
SRX600も、店頭ではかなり地味なバイクでした。
スマートで、きれいで、いかにもヤマハらしいスタイル。
でも当時の空気では、単気筒に対して
「いくらなんでも遅いだろう」
という見方がまだ強かったと思います。
今でこそ、トルク感やパルス感を楽しむという価値観は広く理解されるようになりましたが、あのころはまだ、そういう風潮はそこまで強くなかった。
だからSRX600のようなバイクは、分かる人には分かっても、広く売れる存在にはなりにくかったのだと思います。
でも今の目で見ると、あのスマートさ、あの潔さ、余計なものを足しすぎていない感じは、むしろかなり贅沢です。
現在では、これも昔の感覚でいう“地味な不人気車”として片づけられる相場ではなくなっています。
R1-Zは、好きだったけれど時代が違った
R1-Zは、個人的には好きなバイクでした。
でも、当時の空気のなかではどうしても地味でした。
時代はまだTZRやFZRのようなレプリカ色が強く、2スト250に乗るならまずそちら、という流れがあった。
そんな中でR1-Zは、最初こそ45PSだったものの後に40PSになり、なおさら分かりやすい速さの象徴にはなりにくかったと思います。
しかも当時の感覚では、
「なんでRZをいまさら出すんだろうね」
という見られ方もあったように思います。
好きな人には刺さっても、時代の中心にはなりにくかった。
そういう意味で、R1-Zは“よさはあるのに主役になれなかったバイク”だったのかもしれません。
でも今になると、その立ち位置こそが魅力です。
レプリカ一辺倒ではない2スト250、RZの流れを現代的に引き寄せた存在として見たとき、独自の価値がある。
実際いまでは、単なる懐かしい2ストではなく、しっかり高値で扱われる車種になっています。
TDR250は、早すぎたのかもしれない
TDR250も、今思えばかなり早すぎたバイクだったのかもしれません。
まだモタードという言葉がほとんど根付いていないころで、当時は“スーパーバイカーズ”という言い方もありましたが、少なくとも一般的にはその価値が十分共有されていたとは言いにくかった。
当時の感覚で言えば、TDR250は少し“どっちつかず”に見えたのだと思います。
本格的にオフを走れるわけでもない。
オンロードで速さを競うならTZRにはかなわない。
そうなると、当時の市場の物差しでは、中途半端に見えてしまう。
実際、売れていた記憶もあまり強くありません。
でも今なら、そこがいいと感じる人は多いはずです。
オンもオフも少しはみ出した、あの独特な立ち位置。
速さや用途をきっちり分ける時代では評価されにくかったものが、今は逆に魅力として見えてくる。
中古車相場を見ても、その再評価はかなりはっきりしています。
いまでは100万円級の個体も珍しくなく、当時とは明らかに見られ方が変わっています。
MT-01は、後から価値が分かる代表格のひとつ
MT-01は、ほかの車種に比べると比較的最近の話です。
逆輸入車だったこともあり、ものすごくたくさん販売したというわけではありません。
ただ、あのバイクは見た瞬間に分かる迫力がありました。
インパクトのあるエンジンが、ビジュアルとしてもすごく強い。
私はあのバイクが好きでした。
試乗車もあって、乗るとまさにトルクの塊のような乗り味で、それがまたよかった。
数字や最高出力だけではなく、エンジンの存在感そのものに価値がある。
そういう意味では、MT-01は販売当時から魅力が分かりやすい部分も持っていたと思います。
それでも市場全体では大ヒット車とは言いにくかった。
でも今の相場を見ると、後から価値を理解された一台であることがよく分かります。
いまではかなり高額で推移しており、独特な存在感が価格にも反映されています。
売れたバイクが名車とは限らない
もちろん、たくさん売れたことには意味があります。
それだけ多くの人に必要とされたということです。
でも、販売台数だけで名車かどうかは決まりません。
市場の中心ではなかった。
けれど、あとになっても語られる。
相場も落ち切らず、むしろ高く評価される。
代わりになるものが見当たらない。
そういうバイクには、別の種類の価値があります。
ヤマハの過去車は、そのことをかなり分かりやすく教えてくれます。
なくなってから褒めるのは、少しさみしい
ここで思うのです。
本当に価値のあるものなら、なくなってから
「あれは良かった」
「今なら分かる」
「また出してほしい」
と言うだけでは、少しさみしい。
その声が、現役のうちにもっと届いていたら。
売っている間に、ちゃんと価値として認められていたら。
もしかすると、違う未来もあったかもしれません。
評価というのは、なくなってからするものではなく、まだそこにあるうちにこそ与えられるべきものなのだと思います。

そしてトリシティのこと
トリシティの話を聞いて、まさにそのことを思いました。
トリシティは、いかにも分かりやすい“人気車”というタイプではなかったかもしれません。
けれど、あのバイクには、ほかのスクーターにはない独特の価値がありました。
スクーターは便利です。
でも、小径ホイールで、サスペンションのストロークも限られ、路面の段差、うねり、継ぎ目、荒れた舗装などで、フロントが一発で持っていかれるような怖さを感じることがあります。
トリシティは、前2輪であることで、その不意の怖さをかなり和らげる価値があったと思います。
それは単なる珍しさではありません。
日常のなかで効く価値です。
雨の日、荒れた舗装、交差点、通勤、街乗り。
そういう場面で、普通のスクーターにはない安心感があった。
あとになって
「実は良かった」
「いま思えば、ああいう乗り物は貴重だった」
と言われる可能性は、十分あると思います。
でも本当は、それもやはり少し遅いのかもしれません。
名車は、あとから決まるものではないのかもしれない
ヤマハの過去車を振り返ると、なくなってから見直されたバイクはいくつもあります。
しかもそれは、単なる思い出補正ではなく、いまの中古車相場にも表れています。
でも、本当に大事なのはそこではないのだと思います。
価値のあるバイクなら、
なくなってから「名車でしたね」と言うだけでなく、
まだ売っているときに、
まだ選べるときに、
まだ作っている人がいるときに、
ちゃんと評価しておくべきではないか。
トリシティの終わりの話を聞いて、あらためてそんなことを思います。
“名車でしたね”は、なくなってからでは遅い。
本当にそう思います。