胸部プロテクターとエアバッグについて、実体験から考えてみました

バイクで転ぶ時って、
「さぁ、これから転びます。準備してください。3、2、1、GO!」
ではありません。
気づいた時には、もう体勢が崩れています。
ハンドルが切れ込んでいる。
フロントが抜けている。
リアが流れている。
横から力が加わっている。
受け身を取る前に、地面や車体が目の前にある。
長くバイクに乗っている方なら、転ぶ時の感覚は少し分かると思います。
自分でミスをして、
「あ、これは転ぶな」
と分かる時なら、まだ体が反応することもあります。
手を出さないようにしよう。
体を丸めよう。
バイクから離れよう。
少しでも受け身を取ろう。
そういうことが、一瞬でもできる場合があります。
でも、すべての転倒がそうとは限りません。
むしろ本当に怖い転倒は、こちらに準備する時間をくれません。
思わぬ方向から力が加わると、ベテランでもどうしようもない
私自身、おととしモトクロス中にぶつけられて転倒しました。
自分から転ぶのが分かっていれば、多少は受け身も取れたかもしれません。
私も長くバイクに乗ってきましたし、モトクロスもやってきました。
転び方も、ある程度は体が覚えているつもりでした。
でも、その時は無理でした。
思わぬところから力が加わって、バランスを崩した瞬間、もうどうしようもありませんでした。
「あ、転ぶ」
と思った時には、すでに体勢は崩れている。
守る姿勢を作る前に、胸を強打していました。
結果は、肋骨6本骨折。
肺は気胸。
担架で運ばれ、2週間入院しました。
これは、今思い出してもなかなか強烈な経験でした。
胸部プロテクターは着けていました
ここで大事なのは、私はその時、胸部プロテクターを着けていたということです。
D3Oという衝撃吸収素材を使ったものです。
今どきの高機能な素材ですし、決して「何もしていなかった」わけではありません。
それでも、肋骨は6本折れました。
肺は気胸になりました。
では、胸部プロテクターは意味がなかったのか。
私は、そうは思っていません。
むしろ逆です。
胸部プロテクターを着けていても、肋骨が6本折れるほどの衝撃だった。
では、着けていなかったらどうなっていたのか。
これは誰にも分かりません。
同じ事故を、プロテクターありとなしで2回試すことはできませんから。
ただ、もっと悪かった可能性は十分あると思っています。
プロテクターは無敵の鎧ではない
安全装備の話になると、つい勘違いしやすいことがあります。
ヘルメットをかぶっていれば大丈夫。
プロテクターを着けていれば大丈夫。
エアバッグを着けていれば大丈夫。
でも、実際はそうではありません。
安全装備は、無敵になるためのものではありません。
ケガをゼロにするものでもありません。
最後に残るダメージを、少しでも減らすためのものです。
胸部プロテクターも同じです。
素材が新しくても、薄ければ限界があります。
面積が小さければ、当たり所によって外れます。
体に密着していなければ、衝撃の瞬間にズレることもあります。
衝撃が一点に集中すれば、吸収しきれないこともあります。
特にバイクの転倒は、試験室のようには起きてくれません。
きれいな角度で当たるとは限らない。
地面だけに落ちるとは限らない。
ハンドル、ステップ、相手の車体、ガードレール、縁石、石。
何に、どの角度で、どれくらいの力で当たるかは選べません。
だからこそ、素材名だけで安心してはいけないと思います。
どのくらいの厚みがあるのか。
どこまで胸を覆っているのか。
体にきちんと密着しているのか。
規格はどうなのか。
自分の乗り方に合っているのか。
そういうところまで考えた方がいいと思います。
胸には、命に関わるものが詰まっている
胸を強く打つというのは、ただの打撲では済まないことがあります。
胸には肺があります。
心臓があります。
太い血管があります。
呼吸を支える肋骨があります。
横隔膜もあります。
胸を強打すると、肋骨が折れるだけではありません。
肺が傷つく。
胸の中に空気が漏れる。
血がたまる。
呼吸がしにくくなる。
場合によっては、命に関わる状態になることもあります。
私の場合は、気胸でした。
片側の肺がうまく使えないだけでも、息苦しさがありました。
普通に動くのは難しかったです。
深く息を吸うのもつらい。
咳をするのもつらい。
寝返りを打つのもつらい。
そもそも自力で体を起こすことができず、電動ベッドでないと起き上がれませんでした。
トイレに行くのも難儀で、ほんの少し動くだけでも大仕事でした。
肋骨が折れる痛みもありますが、肺の問題があると、ただ痛いだけでは済みません。
呼吸そのものが不安になります。
その時、ふと思いました。
これがもし両側だったら、どうなっていたのだろう。
私の場合は胸の中に血もたまっていて、ドレンを入れて抜く処置が必要でした。
その間はお風呂にも入れず、モトクロスで泥だらけになったまま1週間近く過ごしました。
もっと出血が多かったら、どうなっていたのだろう。
肺や心臓、大きな血管へのダメージが大きかったら、どうなっていたのだろう。
考えると、今こうして普通に話せていること自体、運が良かったのかもしれません。
データで見ても、胸は「頭の次」に多い
バイクの安全装備というと、まずヘルメットを思い浮かべる方が多いと思います。
それは当然です。
頭を守ることは、とても大事です。
ヘルメットの大切さは、かなり多くの方に浸透していると思います。
法律上も、ヘルメットは義務です。
では、胸はどうでしょう。
警察庁のデータでは、令和3年から令和7年までの二輪車乗車中死者の損傷主部位は、頭部が897人、胸部が715人。
割合では、頭部37.9%、胸部30.2%となっています。
つまり、二輪車死亡事故で、胸は頭の次に多い致命傷部位です。
東京都内の二輪車死亡事故でも、過去5年平均では頭部が43.2%、胸部が29.2%とされており、やはり胸部は高い割合になっています。
もちろん、これは
「胸を打った人の3割が亡くなる」
という意味ではありません。
亡くなった方の致命傷部位を見ると、胸部が約3割を占めているという意味です。
でも、それでも十分に重い数字だと思います。
頭は守る。
では、胸はどうするのか。
ここは、もう少し考えてもいい部分ではないでしょうか。
ヘルメットは義務、でも胸部プロテクターは義務ではない
ヘルメットは義務です。
だから、ほとんどの人がかぶります。
でも、胸部プロテクターは義務ではありません。
だから、
「そこまではいいかな」
「ちょっと大げさかな」
「近場だからいいかな」
「自分は飛ばさないから大丈夫かな」
となりやすい。
気持ちは分かります。
確かに、プロテクターは暑いです。
動きにくいものもあります。
着るのが面倒な時もあります。
見た目が大げさに感じる方もいると思います。
でも、義務ではないことと、必要ないことは別です。
ヘルメットが義務だから大事で、胸部プロテクターが任意だから大事ではない。
そういう話ではありません。
頭は法律で守ることが当たり前になった。
胸はまだ、自分で考えて守る段階にある。
私はそう感じています。
最近はエアバッグという選択肢もある
胸を守る装備として、最近は胸部プロテクターだけでなく、エアバッグもあります。
これは大きな進化だと思います。
胸部プロテクターは、衝撃を受け止め、分散し、体に直接入る力を少しでも和らげるものです。
一方でエアバッグは、転倒や衝突を検知して、体の周りに空気のクッションを作るものです。
製品によって守る範囲は違いますが、胸、背中、首まわり、脇腹などをカバーするものもあります。
エアバッグの良いところは、普段は比較的柔らかく、あまり邪魔になりにくいところです。
硬い胸部プロテクターは、安心感がある一方で、どうしても動きにくさや圧迫感が出ることがあります。
暑い時期には、それだけで着るのが面倒になることもあります。
安全装備は、性能が高いだけでは続きません。
どれだけ良い装備でも、面倒で着なくなれば、その日は何も守ってくれません。
だから「普段から着けやすい」「動きの邪魔になりにくい」というのは、とても大事な性能だと思います。
その意味で、エアバッグは公道ライダーにとって、かなり現実的な選択肢になってきたと思います。
普段は柔らかく、必要な時に膨らんで守る。
この考え方は、バイク用の安全装備としてかなり理にかなっています。
ただし、エアバッグも万能ではありません。
作動するまでの時間があります。
作動条件があります。
ワイヤー式か電子制御式かの違いもあります。
バッテリー管理が必要なものもあります。
再使用時に点検やカートリッジ交換が必要なものもあります。
上に着るジャケットとの相性もあります。
オフロードやモトクロスでは、転倒の頻度や動きの大きさも考えないといけません。
エアバッグを着けていれば絶対に助かる。
そういうものではありません。
でも、選択肢としては非常に大きい。
胸部プロテクター。
エアバッグ。
あるいは、その両方。
自分の乗り方、走る場所、速度域、体格、暑さ、動きやすさ、使い続けられるかどうか。
そういう現実的なところまで含めて、考える時代になっていると思います。
「着けていてもケガをした」ではなく、「着けていたからこの程度だったかもしれない」
私の事故だけを見れば、こう思う人もいるかもしれません。
「胸部プロテクターを着けていても肋骨6本折れたなら、意味がないのでは?」
でも、私はそうは思いません。
着けていても肋骨6本折れるほどの衝撃だった。
なら、着けていなかったらどうなっていたのか。
肋骨の折れ方がもっとひどかったかもしれない。
肺へのダメージがもっと大きかったかもしれない。
血胸になっていたかもしれない。
心臓や太い血管への衝撃が増えていたかもしれない。
現場での呼吸困難やショックがもっと強かったかもしれない。
もちろん、これは証明できません。
でも、安全装備というのは、もともとそういうものだと思います。
ヘルメットをかぶっていて頭を打った。
それでも脳震盪になった。
だからヘルメットは意味がない。
そうは言わないはずです。
ヘルメットをかぶっていたから、その程度で済んだかもしれない。
かぶっていなかったら、もっと悪かったかもしれない。
胸部プロテクターも同じです。
ケガをゼロにするものではない。
でも、ダメージを少しでも減らす可能性がある。
その可能性のために着けるものだと思っています。
ケガをすると、痛いだけでは済まない
肋骨を6本折ると、痛いです。
息をするだけでも痛い。
咳をするのも怖い。
寝返りを打つのもつらい。
笑うのもつらい。
起き上がるだけでも時間がかかる。
肺が気胸になれば、普通に動くことも難しくなります。
でも、つらいのは痛みだけではありませんでした。
私がケガをしたのは、12月後半のHSRのレースでした。
つまり、年末です。
肋骨6本骨折、気胸、胸の中には血もたまっていて、ドレンを入れて抜く処置も必要でした。
そのまま入院となり、年末ぎりぎりまで病院で過ごすことになりました。
もちろん、先生方からすれば、状態を見ながら慎重に判断しないといけないのは分かっています。
こちらも頭では分かっています。
でも、入院している本人としては、やっぱり家に帰りたいわけです。
しかも年末です。
「お正月には、なんとか帰れないんですかねぇ」
「ねぇ、どうにかなりませんかねぇ」
「年越しは家で迎えたいんですけどねぇ」
そんなことを先生に何度も言っていたと思います。
たぶん先生も、
「こいつ、うるせえな」
と思っていたことでしょう。
それでも、なんとか12月30日に退院となりました。
ありがたい話です。
ただ、入院生活というのは、痛み以外にも地味につらいことがあります。
病院のテレビは有料でした。
それを見て、私は思いました。
「いらねえや」
それでタブレットで動画を見ていたのですが、今度はギガがなくなりました。
肋骨は痛い。
肺は苦しい。
お風呂にも入れない。
ベルちゃんにも会えない。
そのうえ、ギガまでなくなる。
もう、踏んだり蹴ったりです。
命に関わる大きな話ももちろん大事ですが、実際に入院すると、こういう小さな不便も地味にこたえます。
動けない。
暇だけど、気軽に楽しむこともできない。
スマホやタブレットくらいしか気を紛らわせるものがない。
でも、それすら通信量を気にしないといけない。
事故の後というのは、転んだ瞬間だけでは終わりません。
その後の入院生活。
仕事の穴。
家族への心配。
予定の変更。
小さな不便。
そして、いつもの生活に戻るまでの時間。
そこまで全部、事故の一部なんだと思います。
そして、そこまでして帰りたかった理由のひとつが、愛犬のベルちゃんでした。
入院中、ベルちゃんに会えませんでした。
これが、思った以上にさびしかったです。
病室にいると、考える時間だけはあります。
ベルちゃん、どうしているかな。
散歩に行けているかな。
なんで帰ってこないと思っているかな。
また普通に会えるかな。
そんなことを考えていました。
バイクのケガは、本人だけの話のように思われがちです。
でも実際には、いつもの生活が止まります。
仕事に出られない。
家族に心配をかける。
予定が全部変わる。
お客様にも迷惑をかける。
年末年始の過ごし方まで変わる。
毎日そばにいるはずの存在にも会えなくなる。
命に関わるかどうかも大事です。
でも、それだけではありません。
いつもの生活に戻れるか。
普通に働けるか。
家族に会えるか。
犬の頭をなでられるか。
そういうことも、バイクの安全には含まれていると思います。
安全装備は「死なないため」だけではない
安全装備というと、どうしても話が重くなります。
死なないため。
大ケガをしないため。
命を守るため。
もちろん、それは一番大事です。
でも、それだけではないと思います。
家に帰るため。
いつもの生活に戻るため。
仕事に戻るため。
家族を心配させすぎないため。
大事な人や、いつもの家族や、愛犬にまた会うため。
安全装備は、そのためのものでもあります。
バイクは楽しい乗り物です。
でも、楽しいからこそ、ちゃんと帰ってこないといけません。
走りに行く。
景色を見る。
仲間と話す。
おいしいものを食べる。
無事に帰る。
そして、また次も乗る。
その最後の「無事に帰る」があって、初めてバイクは楽しい趣味として続いていくのだと思います。
ベテランほど「どうにもならない瞬間」を知っている
「自分はベテランだから大丈夫」
そう思う方もいるかもしれません。
でも、私は逆だと思っています。
ベテランほど、バイクではどうにもならない瞬間があることを知っているはずです。
路面が急に変わる。
相手が予想外の動きをする。
前走車が転ぶ。
横から当てられる。
避けた先にまた障害物がある。
体が準備する前に、もう投げ出されている。
経験で避けられる事故はあります。
技術で軽くできる転倒もあります。
でも、経験や技術だけでは守れない場面もあります。
その時に、体と地面の間に何があるか。
胸とハンドルの間に何があるか。
背中と路面の間に何があるか。
そこが最後の差になることがあります。
安全装備は、初心者だけのものではありません。
上手に転べる時のためだけでもありません。
上手に転べない時のため。
準備できない転倒のため。
ベテランでもどうにもならない瞬間のため。
そのためにあるのだと思います。
義務ではないからこそ、自分で考える装備
ヘルメットは義務です。
だからかぶります。
では、胸部プロテクターはどうでしょう。
エアバッグはどうでしょう。
義務ではありません。
だからこそ、自分で考える必要があります。
自分はどこを走るのか。
どれくらいの速度域なのか。
通勤なのか、ツーリングなのか、峠なのか、サーキットなのか、オフロードなのか。
暑くても着け続けられるか。
動きやすいか。
面倒にならずに使えるか。
体に合っているか。
守る面積は十分か。
高い装備を買えばすべて解決、という話でもありません。
いくら高性能でも、着けなければ意味がありません。
体に合っていなければズレます。
暑すぎて使わなくなれば、結局守ってくれません。
安全装備は、性能だけでなく、続けられることも大事です。
胸を守ることも、もう少し当たり前になっていい
ヘルメットで頭を守る。
これは、今では当たり前になっています。
グローブをする。
ブーツを履く。
長袖を着る。
これも、多くの方が意識していると思います。
でも、胸はまだ少し抜け落ちやすい。
胸部プロテクターまでは大げさかな。
エアバッグまでは必要ないかな。
近場だからいいかな。
ゆっくり走るからいいかな。
そう思う気持ちも分かります。
でも、二輪車死亡事故で胸部損傷は決して少なくありません。
そして私自身、胸部プロテクターを着けていても、肋骨6本骨折と気胸を経験しました。
だからこそ思います。
胸を守ることも、もう少し当たり前になっていいのではないかと。
怖がらせたいわけではありません。
売りたいから言っているわけでもありません。
安全に、長く、楽しくバイクに乗ってほしいからです。
まとめ 安全装備は、いつもの場所へ帰るためにある
バイクで転ぶ時は、
「3、2、1、GO!」
ではありません。
準備できない転倒があります。
受け身を取れない事故があります。
ベテランでも、どうにもならない瞬間があります。
胸部プロテクターを着けていても、大ケガをすることはあります。
エアバッグを着けていても、絶対に助かるとは言えません。
でも、着けていなかったらどうなっていたのか。
そこは一度、考えてみてもいいと思います。
安全装備は、無敵になるためのものではありません。
最後に残るダメージを、少しでも減らすためのものです。
そして、死なないためだけではありません。
家に帰るため。
いつもの生活に戻るため。
家族に会うため。
愛犬のベルちゃんにまた会うため。
そして、また次もバイクに乗るため。
そのための装備でもあります。
皆さんは、胸部プロテクターやエアバッグについて、どう考えていますか?
「着けていてよかった」
「まだ使っていない」
「必要だと思うけど面倒」
「どれを選べばいいか分からない」
「昔ケガをして考え方が変わった」
いろいろな意見があると思います。
よかったら、皆さんの経験や考えを教えてください。