How toブレーキは、握る前から始まっている

なぜ「止まらなきゃ」と分かっているのに、止まれないのか

バイクは、4輪に比べるとブレーキが難しい乗り物です。

4輪なら、姿勢が多少崩れていても、基本的にはブレーキペダルを踏めば強い制動に入れます。

もちろん4輪にも技術はあります。
でも、身体を両足で車体に挟んだり、ハンドルに体重が乗らないようにしたり、前後ブレーキの配分を自分で作ったりする必要は、バイクほど大きくありません。

それに比べてバイクは、そう簡単ではありません。

フロントブレーキを強く握れば、車体は前のめりになります。
身体も前に流れます。
腕に体重が乗ります。
ハンドルが固まります。

リアブレーキを強く踏めば、荷重が抜けた瞬間にロックすることがあります。
路面が悪ければ、なおさらです。

だからバイクでは、
「止まらなきゃ」と分かっているのに、止まれずに突っ込んでしまう
ということが起こります。

本人は、ブレーキをかける気がなかったわけではありません。
危険に気づいていなかったわけでもありません。

でも、危ないと思った瞬間に、
身体が固まり、
操作が遅れ、
姿勢が崩れ、
本来使うべきブレーキを使い切れない。

では、なぜそういうことが起こるのか。
そこを考えてみたいと思います。


ブレーキをかけていたのに、止まれなかった経験

私自身、高校生くらいのころ、原付で前の車に追突したことがあります。

少し脇見をしていたのかもしれません。
気づいた時には、前の車が止まっていました。
どこかへ入ろうとして止まっていたのだと思います。

「あっ」と思いました。

ブレーキには手をかけました。
弱いながらも、ブレーキはかけていました。

でも、フルブレーキにはできませんでした。

そのまま、
「ああ……」
という感じで車の後部に衝突しました。

人間は跳ね上がって、車の上に落ちました。

不思議だったのは、そのあとです。

ブレーキに手はかけていた。
ブレーキもかけていた。
止まらなきゃいけないことも分かっていた。

それなのに、なぜフルブレーキにできなかったのか。

今考えると、あれは単に「ブレーキ操作を知らなかった」という話だけではなかったと思います。

危険に気づいた瞬間、身体が固まる。
フロントを強く握ると前に飛ばされそうで怖い。
ロックしたら転ぶかもしれない。
でも止まらないとぶつかる。

その一瞬の中で、頭では「止まらなきゃ」と分かっているのに、身体が強いブレーキを許可できない。

バイクのブレーキの難しさは、ここにあると思います。

ブレーキをかけなかったからぶつかったのではない。
ブレーキをかけていたのに、必要な強さまで持っていけなかった。

これが、公道では実際に起こります。


大事なのは、最初の2秒

アメリカのNHTSAの二輪ブレーキ研究では、緊急制動時に結果を分ける要素として、単純な「フロント何割・リア何割」だけではなく、ブレーキ開始直後のタイミングや強さが重要だとされています。特に、事故回避のシミュレーションでは「最初の2秒間」のブレーキ操作が重要な評価対象になっています。

危険を見てから、

「どうしよう」
「フロントを握るか」
「リアを踏むか」
「ロックしたら怖いな」

と迷っている間にも、バイクは前へ進んでいます。

時速50kmなら、1秒で約14m進みます。
2秒なら約28mです。

この最初の2秒をどう使うかで、結果は大きく変わります。

だからブレーキで大事なのは、危なくなってから考えることではなく、
危ないと思った瞬間に、身体と車体を止まる方向へ入れること
なのだと思います。


いきなりフロントを握ると、体勢が崩れることがある

フロントブレーキは一番効きます。

強い制動の主役は、間違いなくフロントです。

ただし、一番効くからこそ、いきなり強く握ると、ライダーの身体も一気に前へ持っていかれます。

その瞬間に、

身体が前に流れる。
腕で身体を支える。
ハンドルに体重が乗る。
肩、肘、手首が固まる。
ブレーキの微調整ができなくなる。
視線が近くなる。
車体も曲げにくくなる。

こういう流れになりやすいです。

本人は「ブレーキをかけた」と思っていても、実際には身体が崩れて、ハンドルにしがみついて、ブレーキ操作そのものを邪魔していることがあります。

つまり、バイクのブレーキは、ただレバーを握れば終わりではありません。

ブレーキを受け止められる姿勢ができているか。

ここがとても大事です。


まずリアをすっと当てる

そこで大事になるのが、リアブレーキです。

ただし、リアブレーキだけで止めるという意味ではありません。
強い制動の主役は、あくまでフロントです。

でも、危ないと思った瞬間に、いきなりフロントをガツンと握るのではなく、まずリアをすっと当てる。

これで、身体と車体を
止まる方向へそろえる
ことができます。

リアをすっと当てると、車体が少し落ち着きます。

同時にライダーの身体も、
「今から減速するぞ」
という状態に入ります。

その一瞬で、下半身で身体を支える準備ができる。
腕で突っ張るのではなく、膝、内腿、ステップ、腰で身体を受け止める準備ができる。

そこから、フロントに荷重が移っていくのを感じながら、フロントブレーキを握り込んでいく。

この流れです。


リアは「止める主役」ではなく「姿勢を作るスイッチ」

公道で使うなら、こう考えると分かりやすいと思います。

リアブレーキは、止める主役ではなく、姿勢を作るスイッチ。

危ないと思った瞬間、まずリアをすっと当てる。

車体を落ち着かせる。
身体を下半身で支える。
腕の力を抜く。
視線を落としすぎない。
そこからフロントを握り込む。

この順番ができると、フロントブレーキを怖がらずに使いやすくなります。

いきなりフロントを握ると、身体が前に飛ばされる感じになって、怖くなってブレーキを緩めてしまうことがあります。

でもリアで一瞬、姿勢を作ってからフロントへ入ると、身体も車体もブレーキを受け止める準備ができています。

結果として、
最初の2秒でしっかり減速を作りやすくなる
のだと思います。


でも、リアはガツンと踏んでしまいがち

ただ、ここが難しいところです。

「危ない」と思った最初の2秒に反応しようとすると、リアブレーキをすっと当てるつもりでも、実際にはガツンと踏んでしまいがちです。

人間は、驚いた瞬間に繊細な操作をするのが苦手です。

対向車が急に右折してきた。
車の陰から自転車が出てきた。
前走車が急ブレーキをかけた。
カーブの先に落下物があった。

そういう場面で、冷静にリアを少しだけ当てて、姿勢を作って、フロントに荷重を移して、そこから握り込む。

これを毎回正確にできるかというと、かなり難しい。

リアを強く踏みすぎれば、荷重が前に移った瞬間にリアはロックしやすくなります。

リアがロックすると、車体の姿勢が乱れます。
姿勢が乱れると、次に使うべきフロントブレーキも使いにくくなります。

つまり、最初のリア操作のミスが、その後のフロント操作まで邪魔してしまうことがあるのです。


モトクロスでは、ガツンと踏んで、すぐ抜く

モトクロスではABSはありません。

前走車が転倒したり、急にラインがふさがったりしたときは、まずリアをガツンと踏むことがあります。

ただし、踏みっぱなしにはしません。

ガツンと踏んで、乱れる前にすぐ抜く。
滑り始める前、あるいは滑っても姿勢が大きく崩れる前に抜いて、次の操作につなげる。

そういう感覚です。

オフロードを走っている人なら分かると思います。

リアをロックさせること自体が、すべて悪いわけではありません。
状況によっては、向きを変えるきっかけにもなります。

でも、それは滑ることをある程度前提にしていて、滑ったら抜く、抜いたら次の操作に移る、という身体の準備があるからできることです。

これを公道で、すべてのライダーが、すべての路面でできるかというと、やはり難しいと思います。


だからABSは、最初のミスを小さくするために有効

ここでABSの意味が出てきます。

ABSは、短い距離で必ず止まれる魔法の装置ではありません。
ブレーキが上手くなる装置でもありません。

でも、危ないと思った最初の一瞬に、リアを強く踏みすぎてロックし、車体の姿勢が大きく乱れる。

そのリスクを小さくしてくれます。

特に初心者や、久しぶりに乗る人、雨の日、下り坂、白線、マンホール、砂利、落ち葉のある場所では、この差は大きいと思います。

ABSがあれば絶対に安全という話ではありません。

でも、最初の2秒で起こりやすい操作ミス、特にロックによる姿勢の乱れを抑える意味では、とても有効な装備です。

日本では二輪車へのABS・CBS装備義務化が進められ、新型車は2018年10月1日から、継続生産車は2021年10月1日から適用されています。内容としては、125cc超にはABS、50cc超〜125cc以下にはABSまたはCBSが求められる形です。

これは、ライダーの技術を否定するものではありません。

むしろ、
人間は緊急時にミスをする
という前提に立った装備だと思います。


ABSがあっても、準備はいらないわけではない

ただし、ABSがあるから何も考えなくていい、という話ではありません。

ABSはロックを抑える装置であって、危険を早く見つけてくれるわけではありません。
姿勢を作ってくれるわけでもありません。
視線を遠くへ戻してくれるわけでもありません。

危険を見つけるのはライダーです。
減速の準備をするのもライダーです。
身体を支えるのもライダーです。

ABSは、そのうえでミスを小さくしてくれる装置です。

だから大事なのは、ABSに頼り切ることではなく、ABSが働かないような操作を目指しながら、もしもの時の保険として活かすことだと思います。


ブレーキは、レバーを握った瞬間に始まるのではない

公道で大事なのは、限界ブレーキの技術だけではありません。

それより前に、危険がありそうな場所で、すでにブレーキできる姿勢になっているか。

ここが大事です。

交差点。
コンビニの出入口。
脇道。
見通しの悪いカーブ。
対向車が右折待ちしている場所。
子どもや自転車が見える場所。
車の陰から何か出てきそうな場所。

そういう場所では、何も起きていなくても、もう準備に入っておく。

指をブレーキに添える。
少し腰を落とす。
腕の力を抜く。
下半身で身体を支える。
必要ならリアを使える準備をする。
そして、何かあればすぐ減速するつもりで見る。

つまりブレーキは、レバーを握った瞬間に始まるのではありません。

危ないかもしれない、と感じた瞬間から始まっています。


上手い人は、危なくなってから構えない

ブレーキが上手い人は、危なくなってから慌てて構えるのではありません。

危なくなるかもしれない場所では、もうブレーキできる姿勢で走っています。

あっと思ったら、まずリアをすっと当てる。

身体と車体を止まる方向へそろえる。
下半身で身体を支える。
腕に体重を乗せない。
そこからフロントに荷重が移るのを感じながら、フロントブレーキを握り込む。

そして、もしリアを強く踏みすぎても、ロックで大きく姿勢を乱すのを助けてくれるのがABSです。

もちろんABSがあるから大丈夫、ではありません。

でも、緊急時に人間がやってしまう最初のミスを小さくする。
そこにABSの大きな意味があります。

ブレーキは、効く部品を付ければ終わりではありません。

ブレーキは、
見ること、
予測すること、
身体を支えること、
リアで姿勢を作ること、
フロントで減速すること、
そして最後まで操作をあきらめないこと。

全部つながっています。

だから私は、こう思います。

ブレーキは、握る前から始まっている。
最初の2秒を作るために、まず身体と車体を止まる方向へそろえる。
そのための最初の一手が、リアブレーキをすっと当てることなのだと思います。

反応はどうでしょうか?