
「昔の個人店のバイク屋はよかった」
最近、そんな話をよく聞きます。
店に行けば、いつも誰かがいる。
ツーリングの話をしている人がいて、修理を待ちながらしゃべっている人がいて、今度モトクロスに行くぞ、トライアルやってみるか、なんて話がいつの間にか始まる。
携帯電話もLINEもSNSもありません。
仲間がどこにいるか知りたければ、とりあえずバイク屋へ行く。
1980年前後の町のバイク屋は、そんな場所でした。
私自身、その風景の中で子供時代を過ごしました。
そして今、私はYSP大分というヤマハの専門店をやっています。
YSPというとメーカー直営店のように思われるかもしれませんが、実際にはそれぞれ独立した会社、経営者が運営しています。
会社によっては複数店舗を経営しているところもありますが、私たちYSP大分の歴史をたどれば、始まりは一軒の個人経営のバイクショップです。
最近では少なくなったと言われる、「町のバイク屋」ですね。
だから「昔の個人店はよかった」と言われると、私にはかなり実感があります。
今回は、そんな1980年前後の「町のバイク屋」がどんな場所だったのかを、少し思い出してみたいと思います。
バイクが欲しければ、近所のバイク屋へ行く時代
1980年前後。
まだ今のような大規模なバイク量販店が、そこら中にある時代ではありませんでした。
バイクが欲しい。
修理してほしい。
免許について聞きたい。
そんな時は、近所のバイク屋へ行く。
今のようにスマートフォンで検索して、
「この車種を扱っている店はどこだろう」
「一番安い店はどこだろう」
「レビューは何点だろう」
などと比較してから来店する時代ではありません。
少なくとも私たちの周辺では、
「バイクのことなら、あそこのバイク屋」
だったんです。
だから、わざわざ人を集めようとしなくても自然と人がやってきました。
考えてみれば、当時は携帯電話すらありません。
もちろん家には固定電話があります。
でも、外に出ている友人に、
「今どこにいる?」
「今日走りに行く?」
「店に誰かいる?」
なんて気軽に連絡を取ることはできません。
LINEもありません。
SNSもありません。
では、バイク仲間に会いたかったらどうするのか。
とりあえずバイク屋へ行くんです。
行けば誰かいるかもしれない。
誰もいなくても店の人がいる。
「○○君なら、さっき来たよ」
「みんな今度の日曜に走るらしいよ」
そんなふうに情報が集まる。
今ならスマートフォンの中にある連絡網が、当時はバイク屋という実際の場所にあったのかもしれません。
そう考えると、人が店に集まっていたのは、人情だけではなく、時代としてそうなる理由もあったのでしょう。
バイク屋は、バイクを売るだけの場所ではなかった
当時のバイクショップは、今とは少し役割が違いました。
もちろんバイクを販売します。
修理もします。
でも、それだけではありませんでした。
原付の乗り方を教えることもありました。
うちも原付指導をやっていましたし、時々は免許試験場へ駆り出されることもありました。
つまり、免許を取るところからバイクショップが関わっていたんですね。
今ならインターネットを開けば、
免許の取り方も、
バイクの選び方も、
乗り方も、
整備方法も、
ツーリングルートも、
いくらでも情報が出てきます。
YouTubeを見れば、世界中のライダーの走りまで見られます。
でも当時は違います。
雑誌はもちろんありました。
それでも、
「実際のところ、これはどうなの?」
と聞きたければ、バイク屋へ行く。
バイク屋の主人に聞く。
そこにいる先輩ライダーに聞く。
ある意味、町のバイク屋そのものが、今のインターネットやSNSのような役割もしていたのかもしれません。
店には、いつも誰かがいた
うちの店には、ツーリングチームが二つ、三つありました。
チームの看板まで店に掛かっていました。
大学のバイクサークルもありました。
モトクロスやトライアル、ジムカーナなどもよくやっていました。
今ならLINEグループやFacebookグループになるようなものが、そのまま店を中心に存在していたんですね。
店に行けば誰かがいる。
「今度どこ行く?」
「この前あそこを走った」
「今度モトクロス行くぞ」
「トライアルやってみる?」
「このバイクどう?」
「ここ壊れたんだけど」
そんな話をしている。
そして、そこで次の日曜日の予定が決まる。
今ならグループLINEで、
「日曜、朝8時集合」
と送れば終わる話です。
でも当時は、そもそもその連絡手段がない。
だから、
「店に行ってみる」
という行動そのものに意味があったんですね。
もちろん皆さんが毎回何かを買うわけではありません。
部品を注文する日もあるでしょう。
オイル交換をする日もあるでしょう。
でも、ただ遊びに来ている人もいる。
今の商売の感覚だけで見ると、
「用事もないのに、なんで店にいるの?」
となるかもしれません。
でも当時は、それが普通だったんですよね。
子供だった自分を知っている人がいる
私自身、当時はまだ子供です。
だから昔から店に来ていた人からすると、
「店の息子」
として見ていたのでしょう。
しばらくして私が大きくなると、
「おおおお、大きくなったなあ!」
なんて言われます。
こちらは、
「……誰だったかな?」
なんて思っている(笑)。
でも、考えてみればすごいことです。
その人からすると、私が小さい頃から店にいる姿を見ている。
そして自分でバイクに乗る年齢になり、今度は店の仕事をするようになる。
一台のバイクを売った、買ったという関係ではありません。
何年、何十年という時間を共有している。
昔の個人店には、こういう時間の積み重ねがたくさんあったのだと思います。
店が、ちょっとした「社会」だった
今振り返ると、バイク屋という場所はなかなか面白い場所でした。
学生がいる。
会社員がいる。
職人さんがいる。
年上の人もいれば若い人もいる。
速く走るのが好きな人もいる。
ツーリングが好きな人もいる。
整備が好きな人もいる。
競技をしている人もいる。
普段なら交わらないような年代や職業の人たちが、
「バイクが好き」
という一つの理由で同じ場所にいる。
若い人にとっては、これは結構大きかったのではないでしょうか。
学校なら先生と生徒です。
家なら親と子供です。
でもバイク屋に行けば、自分より何歳も上の大人と普通にバイクの話をする。
もちろん、直接言ったかどうかまでは知らないけど、
「そんな乗り方したら危ないぞ」
「それはまだお前には早い」
なんて怒られるような空気感はあったことくらいは子供でもわかります。
でも少し上手になれば、
「お、だいぶ乗れるようになったな」
なんて言ってもらえる。
こういうものも含めて、バイク屋が一つの居場所になっていたのかもしれません。
今では考えられないようなワイルドな店も
もちろん、昔のバイク屋を全部きれいな思い出にしてしまうのも違います。
店によって本当にいろいろでした。
うちの親は、こういうところはかなりきちんとしていたので、うちではありませんが、周囲のバイク屋の話を聞くと、
「夜は缶ビール片手に残業していた」
なんていう話も耳にしました。
今なら、
「それはダメでしょう」
という話です(笑)。
でも、それくらい仕事と遊び、店と生活、お客さんと仲間、その境目が曖昧な店もあったのでしょう。
営業時間が終わっても誰かがいる。
奥では店主がまだ修理をしている。
常連は横でしゃべっている。
誰かがバイクを触っている。
明日までに一台仕上げないといけない。
そんな風景です。
いい悪いは別として、今よりずっとワイルドな時代だったことは間違いありません。
そして、大手量販店がやってきた
ところが、その後に状況が変わります。
私が高校生くらいの頃だったと思います。
大手のバイク量販店ができるようになりました。
いろいろなメーカーのバイクが一度に見られる。
たくさんの中古車が並んでいる。
値段も比較できる。
大きな店舗は、それまでの町の小さなバイク屋とは全く違う魅力を持っていました。
そして、その変化を私は店の中から見ていました。
それまでしょっちゅう店に来ていた人が、ある時からぱたりと来なくなるんです。
「あれ、最近あの人見ないな」
「どうしたんだろう?」
子供だった自分にも、それはわかりました。
ずっと顔を見ていた人が来なくなるんですから。
最初は、
「バイクを降りたのかな」
と思う。
でも、聞いてみるとそうではない。
バイクには乗っている。
どうやら量販店の方で新しいバイクに乗り換えたらしい。
「ああ、そういうことなんだ」
と。
これは結構、寂しかった記憶があります。
お客さんがバイクを嫌いになったわけではありません。
こちらの店で何か嫌なことがあったとも限りません。
バイクには今まで通り乗っている。
ただ、買う場所、集まる場所が変わった。
それだけなんです。
でも店側から見ると、それまで毎週のように見ていた顔が、一人、また一人と見えなくなっていく。
今振り返れば、あれが時代が変わっていくということだったのだと思います。
「昔の個人店はよかった」の正体は何だろう
では、本当に昔の個人店の方がよかったのでしょうか。
私は、それだけではないと思っています。
もちろん、人と人との距離が近かった。
面倒見のいい店主もたくさんいたでしょう。
一緒にツーリングへ行ったり、乗り方を教えてもらったりした記憶が残っている人も多いと思います。
でも、それだけではありません。
そもそもバイクを買う場所が限られていた。
情報を手に入れる場所も限られていた。
バイクに乗っている人と出会う場所も限られていた。
そして、仲間同士で連絡を取る方法すら、今とはまったく違った。
だから結果的に、
「バイク屋に人が集まった」
のだと思います。
店側が頑張ってコミュニティを作ったというより、店を中心にコミュニティが自然発生していた。
ここはかなり大きな違いだと思います。
今は、バイク屋に行かなくてもバイクを楽しめる
今なら、バイクショップへ行かなくても仲間は作れます。
SNSでツーリング仲間を探せる。
グループLINEですぐに予定を決められる。
YouTubeで乗り方を勉強できる。
ネットで部品を買える。
Googleマップで目的地を探せる。
口コミを見ることもできる。
誰かに会いたければ、
「今日どこいる?」
と一言送ればいい。
これは、とても便利になったことです。
昔へ戻ればいい、という話ではありません。
ただその一方で、
「誰かいるかな」
と思って、とりあえずバイク屋へ行ってみる。
そこで偶然会った人と話が始まる。
「今度一緒に走ろうよ」
となる。
そんな偶然は、少なくなったのかもしれません。
久しぶりに戻ってきた人ほど、戸惑うかもしれない
ここまで書いていて思うのですが、当時バイクに乗っていて、その後長く離れ、最近になってリターンした人ほど、今のバイクショップに戸惑うことがあるかもしれません。
最後に乗っていたのが1980年代、90年代だったとすれば、その人の中にある「バイク屋」のイメージは、まさにここまで書いてきたような店かもしれません。
用事がなくてもふらっと行く。
店主やメカニックと長く話す。
その場で、
「ちょっとこれ見てよ」
とバイクを持ち込む。
誰か常連がいて、そこから話が広がる。
ところが今は、
「点検は予約をお願いします」
「今日は作業予定がいっぱいです」
「こちらはメーカーで定められた手順で確認します」
なんて言われる。
昔を知っている人からすると、
「バイク屋って、こんなだったっけ?」
と思っても不思議ではありません。
でも、店が冷たくなったから、ということだけではないんです。
スタッフの労務管理もあります。
整備する車両も複雑になりました。
診断機や専用工具が必要なこともあります。
メーカーの基準や法令、コンプライアンスもあります。
作業内容によっては、受付してその場ですぐに、というわけにはいきません。
昔なら店主の経験と判断だけでやっていたようなことも、今は確認すべき項目が増えています。
バイク屋そのものが扱う責任も大きくなったのだと思います。
だから、久しぶりにバイクへ戻ってきた方が感じる違和感は、ある意味当然なのかもしれません。
お客さんが変わった。
店が変わった。
というより、バイクを取り巻く社会そのものが変わったんですね。
私たちYSPも、元をたどれば町のバイク屋
今のYSPを見ると、メーカーの看板があり、店舗デザインも統一され、昔の町の個人店とは随分違って見えると思います。
当然、時代に合わせて変わらなければいけない部分もたくさんあります。
整備には設備も必要です。
コンプライアンスもあります。
スタッフの働き方も考えなければいけません。
昔のように何でも店主の裁量一つ、というわけにはいきません。
でも、元をたどれば私たちも町のバイク屋です。
私自身、子供の頃から、その店に集まってくる人たちを見て育ちました。
ツーリングチームの看板が掛かっていた店。
大学生が集まっていた店。
原付の乗り方を教えていた店。
モトクロスやトライアル、ジムカーナにみんなで出かけていた店。
昔からの常連さんに、
「大きくなったなあ」
と言われた店。
考えてみれば、今のYSP大分もその延長線上にあります。
昔と同じにはできない。でも、役割までなくなったわけではない
だから私は、「昔の個人店はよかった」という話を聞くと、単に昔を懐かしむだけではなく、
「では、その何がよかったのだろう」
と考えます。
もちろん、昔と同じ店にはできません。
夜遅くまでいくらでも残業して、店主もスタッフもお客さんと一緒になってずっとバイクの話をしている。
そんな働き方は、今の時代にはできません。
やるべきでもないと思います。
スタッフにはきちんと休んでもらわないといけない。
予約で整備予定が埋まっていれば、昔のように何時間もゆっくりバイク談議をしているわけにもいきません。
今のバイクショップには、今のバイクショップとして果たさなければならない役割があります。
新しい車両は高度になりました。
電子制御も増えました。
整備設備も専門知識も必要です。
安全や法令への責任も昔よりずっと大きい。
だから、昔と同じ形を求めることには無理があります。
でも私は、昔の個人店が持っていた役割まで、なくしていいとは思っていません。
つながりやすくなったのに、分断される時代
むしろ今だからこそ、バイクショップが伝えなければならないこともあるのではないかと思っています。
今は誰とでも簡単につながれます。
SNSを開けば、同じバイクに乗っている人がすぐに見つかります。
動画を見れば、乗り方も整備もカスタムも、いくらでも見ることができます。
昔とは比べものにならないくらい便利です。
でも不思議なもので、これだけつながりやすくなったのに、世代と世代の間はむしろ分断されやすくなったようにも感じます。
若い人は若い人同士。
ベテランはベテラン同士。
大型に乗る人は大型の世界。
オフロードをする人はオフロードの世界。
自分の興味のある情報だけを選んで見ることができるようになった分、違う経験を持った人と偶然出会う機会は減ったのかもしれません。
昔のバイク屋では、嫌でもいろんな人が同じ場所にいました。
免許を取ったばかりの若者の横に、何十年も乗ってきた人がいる。
ツーリングしかしない人の隣に、モトクロスをしている人がいる。
そこで、
「そんな乗り方もあるんだ」
「そんな遊び方もあるんだ」
「それは危ないからやめておけ」
と、自分が知らない価値観に触れることができた。
その役割は、今でも必要なのではないでしょうか。
情報が増えたからこそ、伝える役割もある
動画やSNSが普及したことは、とても良いことだと思います。
昔なら一部の人しか知らなかった技術や知識を、誰でも簡単に見ることができます。
上手な人の走りも見ることができる。
車種について調べることもできる。
でも、その一方で、正しい情報だけが広がるわけではありません。
間違ったことも広がります。
一部分だけを切り取って、本来とは違う意味で伝わることもあります。
上級者が特殊な条件でやっていることを、
「これが正しい乗り方なんだ」
と初心者が受け取ってしまうこともある。
整備についても、
「動画でこうやっていたから」
だけでは判断できないことがたくさんあります。
長くバイクに関わってきて、うまくいったことも、失敗したことも、事故も、技術の進歩も見てきたからこそ、
「そこは少し違うよ」
「そのやり方にはこういう前提があるよ」
「昔はそうだったけど、今はこう変わっているよ」
と伝えられることがあります。
これは、ネットの情報と競争するという話ではありません。
ネットで得られる情報が増えた今だからこそ、実際の経験を通して、その情報をどう受け止めるかを伝える役割があるのだと思います。
時代が変われば、バイク屋も変わらなければならない
私たちは、大手量販店ができたことで、町の個人店として大きく環境が変わった時代を実際に経験しています。
それまで毎週のように来ていた人が来なくなる。
でも、その人はバイクをやめたわけではない。
ただ、バイクを買う場所が変わった。
高校生だった自分にもわかるほど、人の流れが変わった。
それから20年くらいは、原付スクーターが販売中心のお店になりました。
私がお店を引き継ぎはじめたのはそのころでした。
あの経験を思い出すと、
「今までこうだったから、これからもこれでいい」
では続かないことを強く感じます。
時代が変われば、バイクショップを取り巻く事情も、いやでも変わります。
今はインターネットがあり、SNSがあり、通販があり、スマートフォンがあります。
バイクも変わりました。
お客さんの生活も変わりました。
スタッフの働き方も変わりました。
求められる整備設備や知識も変わりました。
だから、
「昔のバイク屋はよかった」
「昔のような店がなくなってしまった」
と嘆くだけでは、たぶん何も始まりません。
昔と同じ形に戻すことはできない。
でも、昔の店が果たしていた役割までなくす必要はない。
昔のように一日中店で語り合うことはできなくても、伝える方法はあります。
店頭で短く話すこともできる。
ツーリングやイベントをすることもできる。
ブログに書くこともできる。
SNSで発信することもできる。
こうして文章にして、何十年もバイクを見てきた中で感じたことを伝えることだってできます。
形が変わっただけなんですよね。
昔は、店に来てもらわなければ伝えられなかった。
今は、店に来なくても伝えることができる。
そう考えれば、今だからこそできる「町のバイク屋」の役割もあるはずです。
昔の個人店の良かったところを、そのまま再現する必要はありません。
でも、
バイクについて気軽に相談できること。
経験の違う世代をつなぐこと。
新しい遊び方を知ってもらうこと。
間違った情報や思い込みに対して、経験から別の見方を伝えること。
そして何より、安全に、長くバイクを楽しんでもらうこと。
そんな部分は、これからもバイクショップが担っていいと思っています。
昔の店と同じにはできない。
でも、
「この店があってよかった」
と思ってもらえる場所には、これからもできる。
昔の町のバイク屋を知っているからこそ、今の時代に何を残すべきなのか。
私は、そこを考え続けたいと思っています。
皆さんが若い頃に通っていたバイク屋は、どんな店でしたか?
怖い店主でしたか。
面倒見のいい店主でしたか。
用事もないのに入り浸っていましたか。
ツーリングやモトクロス、トライアル、ジムカーナなど、その店をきっかけに始めた遊びもあったでしょうか。
そして、久しぶりにバイクへ戻ってきた方は、
「昔とバイク屋がずいぶん変わったな」
と感じたことはありませんか?
今のバイクショップにも、
「これは残してほしい」
と思うものがあれば、ぜひ聞かせてください。