
いまお店にバイクを買いに来られる方を見ていると、久しぶりにバイクへ戻ってくる、いわゆる「リターンライダー」の方が本当に多いです。
若いころにはバイクに乗っていた。
でも、就職した。
結婚した。
子どもができた。
仕事が忙しくなった。
そんな人生の節目を境に、一度バイクを降りた方も多いのではないでしょうか。
そして10年、20年、ときにはもっと長い時間が経ってから、
「またバイクに乗りたい」
とお店に来られます。
そこで時々思うのです。
もし、あのときバイクを完全にやめずに乗り続けていたら、その間にはどんな時間があったのだろう、と。
もちろん、その時々の事情があります。
子育てでそれどころではなかった。
経済的に余裕がなかった。
仕事が忙しかった。
だから、一度離れること自体が悪いとはまったく思いません。
ただ、何十年も経ったあとに、もう一度
「バイクに乗りたい」
と思う。
もし自分にとって本当に必要のないものだったなら、わざわざまた戻ってこようとは思わないのではないでしょうか。
エンジンをかけた感覚。
クラッチをつないで走り出した瞬間。
風を受けながら、自分でバイクを操って遠くへ行った記憶。
仲間との時間。
そんなものが、何年経ってもどこかに残っている。
だから、もう一度乗りたいと思うのかもしれません。
そう考えると、もう一つ思うことがあります。
当時、本当にバイクを完全にやめてしまう必要があったのでしょうか。
もちろん、これは「何が何でも乗り続けるべきだった」という話ではありません。
ただ、
家庭を持つ。
仕事が忙しくなる。
子どもができる。
そのたびに、
「じゃあバイクはやめよう」
と、ゼロにする以外の方法はなかったのだろうか。
そんなことを考えてみたいのです。
家庭かバイクか、本当に二択なのでしょうか
結婚したんだから、バイクくらいやめたら?
バイクに乗らない人からすれば、案外普通の感覚なのかもしれません。
でも10代、20代からずっとバイクに乗ってきた人にとって、それは本当に「趣味をひとつやめる」だけの話なのでしょうか。
バイクで友人ができた。
遠くまで旅をした。
休みの日には朝から走った。
仕事を頑張って、欲しかった一台を買った。
気がつけばバイクは、休日の遊びというより、自分の人生の一部になっている人もいます。
とはいえ、結婚して、子どもができて、仕事で責任も増えてくれば、若いころと同じように乗り続けるのが難しくなるのも事実です。
そこで、
「家庭を取るか、バイクを取るか」
そんな二択になってしまう。
でも本当に、その二つしかないのでしょうか。
大切なのは、バイクをやめることではなく、人生の段階に合わせて「付き合い方を変えること」なのではないかと思うのです。
家族は本当に「バイク」が嫌なのでしょうか
例えば、
「またバイクに乗りたい」
そう言ったとき、家族から、
「危ないからやめて」
と言われる。
するとライダー側からすれば、
「バイクを理解してくれない」
と思ってしまうかもしれません。
でも少し掘り下げると、家族が心配しているのはバイクそのものではないことも多いと思います。
事故をしたらどうするのか。
毎週休みのたびに出かけるのか。
子どもが小さいのに、自分だけ遊びに行くのか。
また大きなお金がかかるのではないか。
こちらには自由な時間がないのに、不公平ではないか。
つまり問題は、
危険。
時間。
お金。
家庭での役割。
だったりするのです。
これを全部ひとまとめにして、
「バイクに反対された」
としてしまうと、話が難しくなります。
何を心配しているのか。
そこを一つずつ考えれば、解決できることもあるはずです。
「やめる」か「昔と同じように乗る」かではない
20代のころなら、朝から晩まで走ってもよかった。
休みの日は全部バイク。
泊まりのツーリングにも行く。
給料のかなりの部分をバイクに使う。
そんな時期があってもいいと思います。
でも30代、40代、50代になれば、生活は変わります。
だったら、バイクとの付き合い方も変わって当然です。
朝6時に出て9時には帰ってくる。
一日ツーリングを毎週ではなく月に一度にする。
泊まりで出かけるなら早めに家族と予定を相談する。
何台も持つのではなく、本当に好きな一台にする。
バイクに使うお金にも、ある程度の枠を決める。
こういうのも立派な「バイクを続ける」だと思うのです。
若いころと同じ乗り方ができなくなったからといって、バイク人生が終わったわけではありません。
バイクとの距離感は、人によって全く違う
私はバイクが仕事ですから、毎日バイクが近くにあるのが当たり前です。
だから「バイクのない生活」を、普通の人と同じ感覚では想像しにくいところがあります。
でも、お客様を見ていると、バイクとの距離感は本当に人それぞれだと感じます。
昔は乗っていたけれど、今はそこまで乗りたいと思わない。
家庭や仕事が忙しい時期に、一旦離れる。
それも全然ありだと思います。
バイクは、乗らなければならないものではありません。
ただ一方で、
「次の休みには乗ろう」
「このツーリングを楽しみに仕事を頑張ろう」
「少し走ったら、また明日から頑張れそうだ」
そんなふうに、バイクがあることで毎日の生活に張りが出ている人もいます。
そういう人にとっては、少し話が違ってきます。
バイクがあることで、毎日が少し豊かになる人もいる
仕事で嫌なことがあった。
家庭のことでもいろいろある。
でも週末に少し走る時間があるだけで、気持ちが切り替わる。
欲しいバイクがあるから仕事を頑張れる。
ツーリングを楽しみに一週間を過ごせる。
仲間と会うきっかけになる。
長く乗りたいから体力も維持しようと思う。
そうやって、バイクがあることで生活のほかの部分まで良い方向へ動いている人もいます。
趣味という言葉で一括りにすると軽く見えるかもしれません。
でも、その人にとってバイクが、
「生活を充実させるもの」
になっていることもあるのです。
だとしたら、そういう人に、
「家庭を持ったんだから、もうバイクはやめなさい」
と言ってしまうのも、少し酷な話ではないでしょうか。
もちろん、家族に負担を押しつけてまで乗ればいい、という話ではありません。
ただ、毎日の充実や仕事へのやる気、気持ちを切り替える時間まで一緒に手放して、本当にその人が以前より幸せになるのか。
そこは少し考えてもいいと思うのです。
バイクに乗る時間は「自分に戻る時間」でもある
バイクに乗っている間は、少し特殊な時間です。
仕事のメールを見ることもできない。
スマホを触ることもできない。
道路を見て、
周囲を見て、
音を聞いて、
バイクの動きを感じる。
意識が目の前のことに向いていきます。
実は、こうしたライダーの感覚と重なる研究もあります。
2021年に学術誌「Brain Research」に掲載された、経験のあるライダーを対象にした研究では、バイク乗車中の脳波や心拍、ホルモンなどを測定しています。
その結果、バイク乗車中には、視覚的な注意や周囲の変化を捉える感覚処理が高まる方向の変化が確認されました。
また、ストレス反応に関連するホルモン指標にも変化が見られています。
もちろん、この研究だけをもって、
「バイクに乗ればメンタルが良くなる」
と言い切ることはできません。
ただ、
「走っている間は余計なことを考えず、目の前のことに集中している」
というライダーの実感には、ある程度うなずける結果だと思います。
さらに、「仕事から心理的に離れること」については多くの研究があります。
約3万8千人を含む86件の研究をまとめたメタ分析では、仕事から心理的に離れられていることが、疲労や消耗感の少なさ、生活満足度、幸福感、睡眠などと関連していることが報告されています。
つまり、
休んでいるつもりでも頭の中ではずっと仕事をしているのと、
何かに集中して、一度仕事から頭を離すのとでは違う。
そういうことです。
だからでしょうか。
ほんの1時間、2時間走っただけなのに、
ヘルメットを脱いだとき、
「ああ、すっきりした」
と感じる。
そんな経験をしたことがあるライダーは多いのではないでしょうか。
別に飛ばす必要はありません。
近所を少し走る。
景色のいいところまで行く。
コーヒーを一杯飲んで帰ってくる。
それだけでもいい。
「なくても生活できるもの」は世の中にたくさんあります。
でも、その中にこそ、
毎日を少し楽しくしたり、
明日も頑張ろうと思わせたり、
自分らしさを保ってくれたりするものがある。
その人にとってバイクがそういう存在なのであれば、
ただ「やめる」のではなく、
どうすれば家庭とのバランスを取りながら残していけるのか。
そこを考えてみる価値はあるのではないでしょうか。
ただし、続けたいなら安全への責任はもっと大きくなる
ここは、とても大事なところです。
「バイクが自分の支えになっている」
だから好きなように乗ればいい、という話ではありません。
むしろ家庭を持ったなら、事故やケガについては、それまで以上に真剣に考える必要があります。
何も考えずにぶっ飛ばして、
「俺はバイクが好きなんだから」
では、
「いい加減にして」
と言われても仕方がありません。
自分一人の問題ではないからです。
事故をすれば、本人が痛い思いをするだけではありません。
仕事に行けなくなるかもしれない。
収入に影響するかもしれない。
家族に看病を頼むことになるかもしれない。
場合によっては、その後の家族の生活そのものを変えてしまうこともあります。
もちろん、バイクに乗る以上、事故の可能性を完全にゼロにすることはできません。
だからこそ、
「気をつけて乗る」
だけでは足りないと思うのです。
事故が起きてからではなく、その前を読む
交差点で右折車が出てくるかもしれない。
前の車の陰に、こちらを見ていない車がいるかもしれない。
隣の車が突然車線変更してくるかもしれない。
路面に砂があるかもしれない。
自分自身が疲れていて、いつもより発見や判断が遅くなっているかもしれない。
何かが起きてから対応するのではなく、
「起きるかもしれない」
と、その前を読む。
そして、
速度を落としておく。
車間を取る。
走る位置を変える。
死角から外れる。
危険がいくつも重なっているところには近づかない。
事故の可能性を少しでもゼロに近づけるためには、こうした知識と「読み」が不可欠だと思います。
事故のパターンを知る。
バイクの特性を知る。
自分自身の限界を知る。
運転技術を磨く。
安全装備を整える。
疲労や体調まで含めて判断する。
速く走れることだけが、バイクが上手いということではありません。
危険を早く見つけ、
危なくなる前に余裕を作れること。
そして、
「今日はやめておこう」
「ここでは飛ばさない」
と判断できること。
家庭を持って、それでもバイクを続けたいのであれば、むしろそういう部分にこそ最大限の努力が必要なのではないでしょうか。
家族を説得するより、安心できる乗り方を積み重ねる
家族全員にバイクを好きになってもらう必要もありません。
奥さんは全く興味がない。
子どもも興味がない。
それでもいいと思います。
目指すところは、
家族全員がライダーになることではなく、
「本当にバイクが好きなんだね。気をつけて行っておいで」
と言ってもらえる関係なのかもしれません。
そのためには、自分の時間だけでなく家族の時間も大切にする。
お金の使い方も考える。
そして何より、
「俺は大丈夫だから」
と家族を言葉で説得するより、
安心できる乗り方を積み重ねていく。
その方がよほど説得力があると思います。
あの時、やめる以外の方法もあったのかもしれない
人生が変われば、バイクとの距離も変わっていいと思います。
朝だけ走る。
近場だけにする。
軽いバイクに乗り換える。
乗る回数を減らす。
家庭や仕事が忙しい時期なら、一度離れる。
それでもいい。
20代と50代で、同じ付き合い方をする必要はありません。
ただ、冒頭の話に戻ります。
長い間バイクを離れていた人が、10年、20年経って、
「やっぱりまた乗りたい」
と戻ってくる。
それほど長い間忘れなかったものなら、その人にとってバイクは、やはり単なる暇つぶしではなかったのかもしれません。
だから、
「家庭を持ったからやめる」
その一択にする前に、
どうすれば残せるのかを考えてみてもよかったのではないか。
今なら、そんなふうにも思います。
バイクは、なくても生きていけます。
でも人生には、
「なくても生きていけるけれど、あることで人生が少し豊かになるもの」
があります。
その人にとってバイクがそういう存在なのであれば、
時間の使い方を変える。
お金の使い方を変える。
乗り方を変える。
そして事故の可能性を少しでも減らすために、知識を増やし、危険を読み、技術を磨く。
そこに最大限の努力をする。
そうやって家庭と折り合いをつけながら、細くても長く乗り続ける。
もしかすると、
「バイクをやめる」
以外にも、そんな人生があったのかもしれません。
そして、これからバイクとの付き合い方を考える人には、
そんな選択肢もあることを知っておいてほしいと思います。