
夏は暑い。
もちろん人間も暑いです。気温が40℃近くなると、正直なところ、バイクよりも先に人間の方が倒れてしまいそうです。
走っている間は風を受けられますが、信号待ちや渋滞では、強い日差しと路面からの照り返しに加えて、エンジンやラジエーターからの熱まで受けます。
まず優先すべきなのは、ライダーの熱中症対策でしょう。
しかし、暑すぎる環境が苦手なのは人間だけではありません。
バイクも高温になることで、冷却、潤滑、燃料供給、タイヤ、バッテリー、塗装や樹脂部品など、さまざまな部分に影響を受けます。
正常なバイクが、気温35℃や40℃になっただけですぐに壊れるわけではありません。しかし夏は、バイクが本来持っている熱に対する余裕が少なくなる季節です。
さらに、暑さによって部品の寿命が縮まるだけでなく、もともと弱っていた部品の不具合が表面化したり、走行中の性能が一時的に変化したりすることもあります。
今回は研究結果も交えながら、真夏の高温がバイクへどのような影響を与えるのかを考えてみます。
水冷エンジンは、ファンが回っていれば大丈夫なのか
水冷エンジンでは、車種によって設定温度は異なりますが、水温が100℃を超えたあたりでラジエーターファンが作動するものがあります。
真夏の渋滞では、
水温が上がる
↓
ファンが回る
↓
水温が少し下がる
↓
ファンが止まる
↓
再び水温が上がる
という動きを何度も繰り返します。
ファンが回った結果、水温が一定の範囲に保たれているのであれば、基本的には冷却装置が正常に働いている状態です。
大切なのは、ファンが回っているかどうかだけではありません。
ファンが回っても水温が上がり続ける、走り出して風が当たっても水温が下がらない、冷却水が減る、甘いにおいがするといった場合には、冷却水不足やラジエーターの詰まり、ラジエーターキャップ、サーモスタット、ウォーターポンプなどの不具合も考える必要があります。
ファンが作動すること自体は異常ではありませんが、ファンが何度も回る真夏の渋滞は、エンジンにとって余裕のある状態でもありません。
また、渋滞中はラジエーターファン、燃料ポンプ、灯火類などが電気を使い続けます。低いエンジン回転では発電量にも限りがあるため、バッテリーや充電系統にとっても比較的厳しい条件になります。
高温では、エンジンオイルが柔らかくなるだけではない
エンジンオイルは、温度が上がると粘度が下がります。
そのため、高温状態が続くと油膜を保つ余裕が少なくなり、さらに酸化や添加剤の消耗も進みやすくなります。
バイクでは多くの場合、エンジンだけでなく、ミッションやクラッチも同じオイルで潤滑しています。そのため、エンジン内部の熱だけでなく、ギアによるせん断や湿式クラッチからの熱も加わります。
さらに、小排気量の空冷4ストロークエンジンを使った研究では、オイル消費量との関係が最も強かったのは、油温そのものではなく、シリンダー壁の温度でした。
研究では、オイル消費量との相関が、
- シリンダー壁温度:R²=0.9794
- スパークプラグ座温度:R²=0.9273
- オイル温度:R²=0.8401
という結果になっています。
つまり、暑くなると単にオイルが柔らかくなったり、蒸発しやすくなったりするだけではありません。
シリンダーが熱によって変形し、ピストンやピストンリングとの密封状態が変わることで、オイルが燃焼室へ上がりやすくなる可能性もあります。
この研究では、オイルリングの形状を変更することで、シリンダー壁温度170℃の条件におけるオイル消費量が、毎時約15cm³から8cm³へ、約45%低減しました。
高温時に変化するシリンダーやピストンの状態へ、オイルリングを追従しやすくした結果と考えられています。
夏の熱は、オイルそのものだけでなく、エンジン内部の金属部品の形やクリアランスにも影響しているわけです。
特に、小排気量の空冷車で高回転を長時間維持する使い方は、オイル量が少ないこともあり、意外に厳しい条件になります。
空冷フィンは、多ければ多いほど冷えるわけではない
空冷エンジンの研究にも、少し意外な結果があります。
バイク用空冷エンジンを想定した実験用シリンダーを風洞に入れ、冷却フィンの枚数、間隔、風速を変えて、冷却性能を調べた研究です。
一般的には、フィンを増やして表面積を広くすれば、より冷えるように思えます。
しかし、停止時や低速時には、フィンの枚数を増やし過ぎたり、間隔を狭くし過ぎたりすると、かえって冷却性能が低下する場合がありました。
狭いフィンの間へ空気が十分に入らず、熱い空気が滞留するためです。
つまり、
冷却フィンは、大きくて多ければよいのではなく、その間を空気が流れて初めて働く。
ということです。
空冷エンジンに立派な冷却フィンが付いていても、真夏の渋滞で走行風がなければ、冷却能力は大きく制限されます。
同じ気温でも、ある程度の速度で走り続ける場合と、低速で停止と発進を繰り返す場合とでは、エンジンの熱環境はかなり違います。
タンクの中でも、熱による不具合が起きていた
夏の熱による影響で印象的なのが、燃料ポンプの不具合です。
ヤマハでは過去に、燃料ポンプの樹脂製インペラ、つまり燃料を圧送する羽根車の成形条件が不適切だったため、燃料温度が高い状態で使い続けるとインペラが変形し、ポンプ内部と干渉する事例がありました。
その結果、燃料の吐出量が低下して、加速不良や始動不良が発生し、場合によっては走行中のエンストにつながる可能性があるとして、燃料ポンプの交換が行われています。
これは、すべてのバイクを炎天下に置くと燃料ポンプが止まるという話ではありません。
部品の材質、成形条件、寸法やクリアランスなどの問題に、高い燃料温度が加わることで、不具合が表面化したものです。
しかし、エンジンを止めたからといって、バイク全体の温度がすぐに下がるわけではありません。
走行中は風が当たっていますが、停止すると走行風がなくなり、エンジンや排気系に残った熱がタンクやシート下へ伝わります。
停止後に周辺温度がさらに高くなる「熱だまり」が起きることもあります。
そのため、
走っている間は問題なかったのに、休憩後に再始動できない。冷えると、また始動する。
という症状には、燃料ポンプや点火系、電装品などへの熱の影響が隠れている場合があります。
ガソリンそのものも熱で膨張する
燃料ポンプだけでなく、ガソリンそのものも温度が上がると膨張します。
給油口ぎりぎりまで燃料を入れると、エンジンや太陽の熱によって燃料が膨張し、タンクからあふれる可能性があります。
特に夏は、給油直後に炎天下へ駐車することもあります。
何度も継ぎ足して口元まで満タンにするのではなく、メーカーが指定する給油位置を守ることが大切です。
こぼれたガソリンは、塗装面や樹脂部品を傷める原因にもなります。
バッテリーは、冬に弱り、夏に傷む
バッテリーというと、冬にセルモーターが回らなくなるイメージがあります。
しかし実際には、高温環境もバッテリーの寿命を短くする要因です。
気温が高くなると、バッテリー内部の化学反応や極板の腐食が進みやすくなります。
バイクでは、バッテリーがシート下やエンジンに近い場所へ搭載されていることも多く、外気温以上に厳しい熱環境になる場合があります。
そこへ、渋滞中のラジエーターファン、燃料ポンプ、灯火類、後付け電装品などの負荷が重なります。
正常な車両であれば、ファンが回っただけでバッテリーが上がるわけではありません。
しかし、すでに劣化して容量が減っているバッテリーや、充電系統に問題がある車両では、夏の熱と電気負荷によって不具合が表面化することがあります。
冬になってセルが弱くなったとき、実はそのバッテリーは、前の夏から劣化が進んでいたのかもしれません。
タイヤは、走行中と保管中で影響が違う
タイヤについては、走行中の高温と、炎天下での長期保管を分けて考える必要があります。
走行中は、タイヤが変形することで内部に熱が発生します。
特に、
- 空気圧不足
- 高速走行
- タンデムや重い荷物
- 高温になった路面
- 強い加速やブレーキング
が重なると、タイヤの発熱量が増えます。
夏だからといって、公道で空気圧を意図的に下げるのはおすすめできません。
空気圧が低いと、走行中にタイヤが大きく変形し、そのぶん内部で多くの熱が発生します。
空気圧は、走行前のタイヤが冷えている状態で、車両メーカーの指定値に合わせるのが基本です。
炎天下や走行後は、タイヤ内部の空気が温まって圧力が上昇します。その数値を見て空気を抜くと、タイヤが冷えたときに空気圧不足になってしまいます。
一方、保管中は熱だけでなく、紫外線も問題になります。
タイヤはゴム製品なので、長期間にわたって直射日光や雨、熱源にさらされると、硬化やひび割れなどの劣化が進みやすくなります。
走行距離が少なく、溝が十分残っていても、屋外に長く置かれていたタイヤでは、ゴムが硬くなっていることがあります。
中古車を見るときには、溝の深さだけでなく、製造年、ひび割れ、ゴムの硬さ、保管状態も大切です。
塗装、樹脂、シート、ゴム部品にも蓄積する
炎天下へ置いたからといって、塗装や外装が一日で駄目になるわけではありません。
しかし、直射日光と高温を毎日繰り返すことで、
- 塗装の色あせや艶引け
- 無塗装樹脂の白化
- デカールの退色や浮き
- スクリーンやメーターレンズの黄ばみ
- シート表皮の硬化やひび割れ
- ホース、Oリング、オイルシールの硬化
といった変化が少しずつ進みます。
短期間では分かりにくいのですが、数年間屋外に置かれた車両と、屋内保管された車両とでは、状態にかなり差が出ます。
屋根や日陰に置くことは、単にシートを熱くしないためだけではありません。
燃料系、バッテリー、タイヤ、外装、ゴム部品など、バイク全体の熱負担を減らす意味があります。
壊れなくても、走行中の性能が一時的に変わることもある
ここまで挙げたのは、熱による劣化や故障、もともと弱っていた部品の不具合が表面化する例です。
一方で、熱によって走行中の性能が一時的に変化する部品もあります。
私がモトクロスで強く感じてきたのが、リアショックの「タレ」です。
レースで使った後のダンパーは、素手では触りにくいほど熱くなることがあります。
サスペンションは、ギャップやジャンプ着地によって車体へ入った運動エネルギーを、ダンパーオイルの抵抗を使って熱へ変換しています。
荒れたコースを何周も走り、サスペンションが激しくストロークし続ければ、ダンパー内部の温度も上昇します。
レースの序盤は、着地やギャップの後に車体がきちんと収まっていたのに、中盤から後半になると、
- リアの動きが大きくなる
- 着地後の収まりが悪くなる
- ギャップで跳ね返される
- 同じラインでも車体の反応が変わる
- 接地感が曖昧になる
と感じることがあります。
もちろん、レース後半はライダーも疲れています。コースも荒れ、轍も深くなり、タイヤの状態も変化しています。
しかし、それだけでなく、ダンパーオイルの温度上昇によって粘度や減衰特性が変化している影響もあります。
油圧式ショックアブソーバーの研究でも、温度上昇に伴って、ダンパーが1サイクルで吸収するエネルギーが低下することが確認されています。
ただし、この「サスのタレ」は、基本的には走行中の一時的な性能変化です。
ダンパーが冷えれば、減衰特性もおおむね元の状態へ戻ります。通常の使用範囲で一度熱が入ったからといって、それだけでリアショックが壊れるわけではありません。
もちろん、極端な高温状態を長時間繰り返せば、ダンパーオイルやシール類の劣化を早める可能性はあります。
しかし、ここでの主な問題は耐久性よりも、
レース中盤から後半になっても、狙った減衰特性を維持できるか。
という性能の安定性です。
ヤマハのモトクロス開発史を見ると、1970年代のファクトリーマシンでは、オイル量を増やし、リザーバータンクに冷却フィンを設けたリアショックが使われていました。
私の記憶では、1990年代ごろにも、リアショックの窒素ガスリザーバー部分へ取り付けるフィン状の後付けパーツがありました。
実際にどこまで冷却効果があったのかは、正直なところ疑問です。
小さな後付けフィンでは接触面積も限られますし、モトクロスでは泥が付着します。サイドカバーの内側にあれば、走行風もそれほど強く当たりません。
ただ、そのような用品が販売されていたこと自体、当時からダンパーの温度上昇や、レース後半まで正確にサスペンションを動かすことへの関心が高かったことを示していると思います。
サスペンションの性能とは、走り始めにどれだけよく動くかだけではありません。
熱が入った後も、どれだけ安定して同じ性能を維持できるか。
競技では、その再現性も重要になります。
夏の熱は、弱っている部分を表面化させる
夏の高温による影響をまとめると、単にバイクをオーバーヒートさせるだけではありません。
エンジンオイルの劣化を進める。
エンジン内部のクリアランスやオイル消費へ影響する。
燃料が膨張する。
燃料ポンプや電装品の弱点を表面化させる。
バッテリーの劣化を進める。
タイヤ、塗装、樹脂、ゴム部品を少しずつ傷める。
そして、故障には至らなくても、走行中のサスペンション性能を一時的に変化させることもある。
正常なバイクであれば、真夏に乗っただけですぐに故障するわけではありません。
しかし、
- 真夏の渋滞
- 長時間のアイドリング
- 低速・高負荷走行
- 小排気量車での高回転連続走行
- タンデムや重い積載
- サーキットやモトクロスでの連続走行
- 炎天下での長時間駐車
といった条件が重なるほど、バイクにとって厳しい状況になります。
冷却水やエンジンオイル量、冷間時のタイヤ空気圧、バッテリー、ホース類を点検する。
可能であれば、炎天下への長時間駐車を避ける。
走行中にいつもと違う音、振動、シフトの感触、エンジンの反応を感じたら、無理をせず休ませる。
ライダーが休憩を必要とするように、バイクにも熱を逃がす時間が必要です。
人間より先にバイクが倒れることは、通常はないかもしれません。
しかし、人間もバイクも、暑すぎるのはやはり苦手です。
真夏に安全に走るためには、ライダーの体調と同じように、バイクの熱にも少し気を配っておきたいですね。