
10年前、20年前、30年前のバイク業界を知っている人ほど、最近の状況に、
「いくらなんでも、少しおかしくないか」
と感じることが増えているのではないでしょうか。
欲しいモデルが日本に入ってこない。
入ってきても台数が少ない。
納期が読めない。
販売店が減っている。
整備できる場所が減っている。
50cc原付を街で見かけなくなった。
もちろん、それぞれに理由はあります。
排ガス規制もあります。
騒音規制もあります。
安全基準もあります。
人口構造も変わりました。
生活スタイルも変わりました。
販売店や整備士の後継者問題もあります。
ただ、それらが重なってくると、これは単なる一時的な不便ではなく、日本のバイク文化そのものが細っているのではないかと感じます。
これは、来年の在庫や納期の話だけではありません。
もっと先、10年後の話です。
そのとき私たち日本人に、日本メーカーのバイクを自由に選び、買い、整備して乗り続けられる環境が残されているのか。
そこを、そろそろ真剣に考える時期に来ているのではないかと思います。
50cc原付が生活の中から消えていった
日本のバイクメーカーが、日本市場に対して少しずつ薄くなっていったのは、どこからだったのか。
ひとつの大きな分岐点は、50cc原付があまり売れなくなってきた頃ではないかと思います。
昔は、団地やアパートの駐輪場、住宅街、駅前、スーパーの前などに、50ccのスクーターやカブ系の原付が普通にありました。
通勤、通学、買い物、配達、近所の足。
原付はバイク好きだけの乗り物ではなく、生活の中にある身近な移動手段でした。
ところが今、団地の駐車場を見ても、原付バイクを見かけることはかなり少なくなりました。
これは、かなり大きな変化だと思います。
50cc原付は、多くの人にとって最初に触れるエンジン付きの乗り物でした。
そこから125ccに乗る人もいた。
250ccに進む人もいた。
大型二輪に憧れる人もいた。
そこまで行かなくても、
「バイクは身近な乗り物だ」
という感覚を社会の中に残していました。
その入口が細くなったことで、日本のバイク市場全体の底辺が小さくなっていったのではないかと思います。
原付が減ったというのは、単に小さいバイクが売れなくなったという話ではありません。
バイクに触れる入口が減った。
バイクを生活の中で見る機会が減った。
バイクを便利な乗り物として使う人が減った。
そして、バイクに乗ることが一部の趣味になっていった。
これはメーカーにとっても大きいはずです。
生活の中に多くの小さなバイクが走っていた国と、バイクが一部の趣味の人の乗り物になっていく国。
同じ日本市場でも、メーカーから見える魅力はかなり違うのではないでしょうか。
大型バイクだけでは、市場は支えられない
バイク業界の商売として考えると、高額な大型バイクが売れる方が大きいように見えるかもしれません。
もちろん大型バイクは、一台あたりの金額が大きく、用品やカスタム、車検、整備などの需要もあります。
販売店にとっても、とても大事な商材です。
しかし、業界全体で見ると、小排気量がたくさん売れることの意味は非常に大きいと思います。
50ccや125ccのような小排気量は、通勤、通学、買い物、近所の移動、配達、セカンドバイクなど、生活の中で使われることが多い乗り物です。
一台あたりの単価は大型バイクほど高くありません。
でも台数が多ければ、販売台数、整備需要、用品需要、部品供給、販売店への来店機会が生まれます。
そして何より、小排気量はバイク市場の入口になります。
最初は原付や125ccだった人が、250ccに乗る。
そこから大型に進む人もいる。
あるいは大型に乗っていた人が、年齢や使い方に合わせて125ccやスクーターに戻ることもある。
小排気量がたくさん走っている市場は、バイクに触れる人の数が多い市場です。
逆に、大型バイクだけが売れる市場は、見た目には華やかでも、かなり限られた人だけの市場になってしまいます。
メーカーにとっても販売店にとっても、本当に大事なのは、少数の高額車だけではなく、日常の中で多くの人がバイクに触れていることだと思います。
大型バイクが売れることは大事です。
しかし、小排気量がたくさん売れることは、バイク市場そのものを残すという意味で、もっと大きな意味があるのかもしれません。
だからこそ、50cc原付や125ccといった小排気量が減っていくことは、日本のバイク市場にとって大きな問題なのです。
日本メーカーだから、日本市場が特別とは限らない
日本には、ホンダ、ヤマハ、スズキ、カワサキという世界的な二輪メーカーがあります。
だから私たち日本人は、どこかでこう思っているのかもしれません。
日本メーカーのバイクなら、当然日本で買える。
日本のライダーには、当然その恩恵がある。
国産を選ぶ自由もあるし、あえて海外メーカーのバイクを選ぶ自由もある。
国内にないモデルなら、昔のように海外向けモデルを逆輸入すればいい。
しかし、本当にこれから先もそうなのでしょうか。
私たち日本のライダーからすれば、ヤマハは日本のメーカーです。
ホンダも、スズキも、カワサキも、日本のメーカーです。
だから日本のユーザーを大切にしてくれる。
日本向けにも十分な台数を用意してくれる。
日本のライダーには、当然その恩恵がある。
そう思いたくなる気持ちはあります。
しかし、作る側から見れば、メーカーは日本だけを見て商品を作っているわけではありません。
アジア、欧州、北米、南米など、世界中の市場に向けて商品を開発し、生産し、配分しています。
ヤマハで見ても、日本市場は世界販売台数の中でわずか1%ほどと言われます。
そう考えると、日本はメーカーにとって「本国だから最優先される市場」ではなく、世界の中のひとつの小さな市場になっているのかもしれません。
もちろん、日本市場を軽く見ているという単純な話ではないと思います。
ただ、市場の規模が小さくなれば、企業として優先順位が変わっていくのは当然でもあります。
「日本メーカーだから、日本のライダーには当然恩恵がある」
そういう時代では、もうなくなってきているのかもしれません。
価格面では、日本市場はまだ守られている
一方で、海外で販売されている同じようなモデルの価格を見ると、日本国内の新車価格はかなり割安に感じることがあります。
たとえばヤマハのMT-09 ABS。
日本ではメーカー希望小売価格が税込1,254,000円です。
一方、アメリカではMT-09の価格が10,899ドルと表示されています。
1ドル160円で単純に円換算すると、約174万円です。
MT-09 SP ABSも、日本では税込1,441,000円。
アメリカではMT-09 SPが12,699ドルです。
1ドル160円で換算すると、約203万円になります。
YZF-R7 ABSも、日本では税込1,166,000円。
アメリカでは9,199ドルと表示されています。
さらにアメリカではDestination Chargeなどが加わる場合もあります。
9,199ドルだけを1ドル160円で換算しても、約147万円です。
XSR900 ABSも、日本では税込1,320,000円。
アメリカでは10,599ドルです。
1ドル160円で換算すると、約170万円です。
Ténéré700 ABSも、日本では税込1,452,000円。
アメリカではTÉNÉRÉ 700が10,999ドルと表示されています。
1ドル160円で換算すると、約176万円です。
もちろん、これは単純な為替換算です。
国によって税金、登録費用、販売店手数料、輸送費、保証内容、販売制度も違います。
ですから、
「日本の方が何十万円安い」
と単純に言い切るのは正確ではありません。
しかし、それでも海外価格を日本円に直して見ると、
日本国内価格は、世界的に見るとかなり抑えられているのではないか
と感じます。
日本では「バイクも高くなった」と言われます。
それは事実です。
しかし世界基準で見ると、日本メーカーのバイクを日本国内で買えることは、まだ価格面ではかなり大きな恩恵が残っているとも言えます。
価格が安いから大丈夫、とは言えない
ただし、ここが難しいところです。
価格は割安。
でも台数は少ない。
モデルによっては日本に入らない。
納期も読みにくい。
販売店や整備環境は細っている。
つまり、日本市場はまだ価格面では守られているように見える一方で、商品展開や供給体制、販売・整備の厚みという面では、以前ほど恵まれた市場ではなくなってきているのかもしれません。
メーカーからすれば、日本国内価格を極端に上げることは簡単ではない。
しかし市場規模は小さい。
細かな対応も必要。
規制や保証、リコール対応の負担もある。
そうなると、価格を上げる代わりに、導入台数を絞る。
日本専用仕様を減らす。
世界共通仕様をそのまま入れる。
モデルによっては正規導入しない。
そういう方向に進む可能性は十分にあります。
だからこそ、
「日本は価格が安いから大丈夫」
とは単純には言えないのだと思います。
むしろ、日本メーカーのバイクを日本で比較的割安に買えることは、今も残っている大きな恩恵なのかもしれません。
しかし、その恩恵が10年後も続く保証はどこにもないのです。
日本向けの細かな配慮も、当たり前ではなくなる
日本市場の優先順位が下がるというのは、単に入荷台数が減るという話だけではありません。
日本のユーザーに合わせた細かな配慮が、商品から少しずつ消えていくということでもあります。
たとえば、足つきです。
日本人の体格に合わせて、少しでも足が届きやすいシート高にする。
シート形状を工夫する。
ハンドル位置やステップ位置を、日本のユーザーが扱いやすいように調整する。
そうした配慮は、国内市場にある程度の大きさがあり、日本のユーザーを重く見ているからこそ成り立つものです。
市場が小さくなれば、メーカーは世界標準の仕様を優先します。
海外の大柄なライダーを基準にした足つき。
海外市場で評価されるデザイン。
海外の体格や速度域に合わせたサスペンション設定。
海外の道路環境を前提にした装備や仕様。
それをそのまま日本に入れるだけで十分、という判断になるかもしれません。
少しでも足が届くモデルを作る必要はない。
日本人の美意識に合うカラーやデザインを用意する必要もない。
日本の道路事情や体格に合わせてサスペンションを調整する必要もない。
日本向けに正規導入しなくても、欲しい人は逆輸入で買えばよい。
そういう実務的な判断になっていく可能性があります。
もちろん、メーカーに悪意があるわけではありません。
市場規模が小さければ、世界共通仕様で効率よく作るのは当然です。
ただ、その結果として日本のライダーは、
「日本メーカーのバイクなのに、日本人に合わせて作られているとは限らない」
という状況に近づいていくかもしれません。
日本市場が小さくなるということは、日本のライダーに合わせた足つき、デザイン、サスペンション、仕様への配慮が、少しずつ商品から消えていくということでもあります。
これは、かなり大きな問題だと思います。
メーカーを取り巻く環境も、昔とはまったく違う
さらに今は、メーカー側の環境も非常に厳しくなっています。
世界的な排ガス規制。
騒音規制。
安全基準。
認証手続き。
リコール対応。
品質保証。
コンプライアンス。
昔であれば、もう少し勢いで作れたモデルや、少量でも思い切って出せた仕様が、今は簡単には出せない時代になっています。
ひとつの不具合があれば、世界規模でリコール対応になることもあります。
仕様を少し変えるだけでも、認証や書類、部品供給、保証対応まで考えなければなりません。
その中で、日本市場だけのために特別な仕様を用意する。
少ない台数のために専用対応をする。
これはメーカーにとって、かなり負担の大きい判断になっているはずです。
つまり、国内向けの商品展開が昔より難しくなっているのは、単にメーカーに熱意がなくなったからではありません。
日本市場が小さくなった。
その一方で、メーカーが越えなければならない規制や責任は大きくなった。
この両方が重なっているのだと思います。
販売の最前線にいると、その変化はかなり見える
バイク販売の最前線にいる私たちからすると、この変化はユーザーレベルで感じる以上に切実です。
「なぜこのモデルが日本に入らないのか」
「なぜ台数が少ないのか」
「なぜ納期が読めないのか」
「なぜ海外にはある色や仕様が日本にはないのか」
お客様からすれば、それは販売店やメーカーへの不満として見えやすい部分だと思います。
しかし現場にいると、その背景には単純な売り惜しみではなく、日本市場そのものの小ささ、認証や規制への対応、部品供給、保証対応、そして日本特有の高い品質要求など、いくつもの事情が重なっていることを感じます。
日本のお客様は、品質に対して非常に細かいところまで見られます。
小さな傷。
塗装のムラ。
外装の合わせ。
納車時の清掃状態。
部品の仕上げ。
もちろん、新車を買う以上、きれいな状態を求めるのは当然です。
そこを否定するつもりはありません。
販売店としても、お客様に気持ちよく納車したい。
新車を楽しみに待ってくださっている気持ちもよくわかります。
ただ、メーカーや輸入元から見れば、台数が少ない市場で、認証や部品供給、保証対応に加えて、細かな品質対応まで求められることになります。
そうなると、日本市場は
「手間がかかるわりに数が出ない市場」
と見られてしまう可能性もあります。
これは、お客様を責めたい話ではありません。
ただ、販売の現場にいると、日本市場がメーカーにとって以前ほど優先される市場ではなくなってきている空気を感じる場面があります。
メーカーさんの私たちYSPに対する対応を見ていても、日本市場の優先順位が以前とは変わってきていることを感じます。
車両の配分。
情報提供。
部品供給。
サポート体制。
現場からの要望に対する反応。
もちろん、メーカーを批判したいわけではありません。
世界全体を相手にするメーカーとして、限られた生産台数や開発資源をどこに配分するのか。
その判断の結果として、日本市場の扱いが以前とは変わってきているのだと思います。
ただ、その変化は販売店にはかなりはっきり伝わります。
そして販売店への温度感は、最終的にはお客様への温度感にもつながります。
海外メーカーは、さらに実務的に判断する
もし日本メーカーでさえ、日本国内市場で十分な存在感を保つことが難しくなっているとすれば、海外メーカーがその市場に強い興味を持ち続けるとは考えにくいところがあります。
日本メーカーは、言葉、商習慣、販売網、部品供給、法規制への対応など、日本市場に対してもともと多くの利点を持っています。
それでも国内市場が小さくなり、採算や販売台数、専用対応の難しさから苦戦している。
だとすれば、海外メーカーにとって日本市場はさらに難しい市場になります。
認証。
排ガス・騒音規制。
部品供給。
保証対応。
販売店教育。
日本語の資料整備。
日本のお客様特有の高い品質要求。
これらを乗り越えてまで参入・継続するには、それに見合う販売台数や利益、ブランド価値が必要です。
これは海外メーカーが冷たいという話ではありません。
市場としての魅力が落ちれば、企業として優先順位が下がるのは自然なことです。
特に海外メーカーは、日本メーカー以上に実務的に判断するはずです。
日本市場に導入するには、多くの手間とコストがかかります。
それに見合う販売台数や利益が見込めなければ、
「そこまでして日本市場に入れる意味があるのか」
という判断になっても不思議ではありません。
日本市場への思い入れよりも、販売台数、利益、対応コスト、ブランド戦略といった実務的な判断で動くはずです。
そう考えると、日本メーカーが残りにくい市場に、海外メーカーが積極的に来てくれるとは限らない。
ここは、かなり現実的に考えておく必要があると思います。
「逆輸入すればいい」は、昔の環境があったから成立していた
少し前までは、国内にないモデルでも、海外向けモデルを逆輸入すればいいという考え方がありました。
実際、逆輸入車には魅力がありました。
国内仕様にはないフルパワー。
海外カラー。
日本未発売モデル。
そういうものを選ぶ楽しさがありました。
しかし、これから先もそれが同じように成り立つかというと、かなり難しいと思います。
今のバイクは、昔よりはるかに高度化しています。
排ガス規制。
騒音規制。
認証。
電子制御。
ABS。
診断機。
ECU。
部品供給。
保証。
リコール対応。
ただ海外向けの車両を持ってくれば済む時代ではありません。
そして何より、その車両を誰が整備するのか、という問題があります。
今、バイクショップはどんどん減っています。
国内の販売台数が減り、整備士も不足し、車両は複雑化し、部品供給や保証対応も難しくなっています。
お客様の求める品質や対応水準は高くなる一方で、整備や販売の現場は決して楽ではありません。
その中で、国内正規ではない車両、情報が限られる車両、部品供給や保証が読みにくい車両を、どこの店でも気軽に受けられるか。
これはかなり難しい問題です。
バイクは買って終わりではありません。
乗り続けるには、整備する場所、部品が届く仕組み、故障したときに相談できる人が必要です。
そう考えると、
「国内に入らないなら逆輸入すればいい」
という考え方も、販売店や整備店が多く残っていた時代だからこそ成立していた面があるのかもしれません。
バイクショップが減るのは、ある意味では想定通りの流れ
自分たちが言うのも変ですが、今あるバイクショップがこれから一通り減っていくことは、ある意味では想定通りの展開なのかもしれません。
バイク業界は小さい業界です。
四輪業界とは比べものにならないほど、市場規模も販売台数も、販売網も、整備士の数も限られています。
国内のライダーが減り、新車販売が減り、整備士も不足し、車両は高度化し、部品供給や保証対応も複雑になっている。
その一方で、お客様の求める品質や対応水準は高い。
この条件で、昔ながらのバイクショップが今と同じ形で残り続けるのは簡単ではありません。
これは、どこかの店が努力していないという話ではありません。
時代の条件が変わりすぎているのです。
私たちの会社も例外ではありません。
YSP大分も、この先ずっと同じ形で続いていけるかと言われれば、絶対にそうだとは言い切れません。
もちろん、続ける努力はします。
お客様に安心して乗っていただけるように、販売も整備も、イベントも情報発信も続けていきたい。
でも、業界全体の流れを見れば、
「うちは大丈夫です」
と簡単には言えないのが正直なところです。
バイクに乗らない人には、どうでもよいことかもしれない
もちろん、バイクに乗らない人からすれば、この話はどうでもよいことかもしれません。
販売店が減る。
50cc原付が減る。
国内に入るモデルが減る。
整備できる場所が減る。
日本メーカーのバイクを選ぶ自由が細っていく。
それは、日常的にバイクに乗らない人にとっては、あまり切実な問題には見えないと思います。
そしておそらく、日本の制度や交通の仕組みを作る側にも、そういう感覚の人は少なくないはずです。
四輪車、公共交通、自転車、電動キックボード、環境政策、交通安全対策。
そうした大きな流れの中で、バイクはどうしても優先順位が高くなりにくい存在です。
バイクに乗る人からすれば、バイクは生活の足であり、趣味であり、仕事であり、人生の楽しみでもあります。
しかし乗らない人から見れば、危ない乗り物、うるさい乗り物、趣味性の高い乗り物、なくても困らない乗り物、と見られてしまうこともあります。
この温度差は、かなり大きいと思います。
だからこそ、バイクに乗る側が何も考えずにいると、社会の仕組みは自然にバイクに優しい方向には進まないのではないかと思います。
バイクに乗らない人にはどうでもよいことだからこそ、バイクに乗る私たちが、この文化を残す意味を語らなければならないのだと思います。
バイクがなくなるのではなく、選べる厚みがなくなる
もちろん、数年先に日本で走るバイクがなくなる、という話ではありません。
今あるバイクは走り続けるでしょうし、中古車もあります。
海外メーカーのバイクも、一定数は入ってくると思います。
趣味としてバイクに乗る人も、すぐにゼロになるわけではありません。
ただし、問題はそこではありません。
日本メーカーの国である日本だからこそ、いろいろなモデルを見られる。
日本向けにしっかり車両が用意される。
国内ユーザーの声が商品や販売体制に反映される。
近くに販売店や整備拠点があり、部品や情報も届く。
そういう意味で、
「日本だからこそ、バイクに乗りやすい」
と言える環境は、今後かなり薄くなっていくかもしれません。
日本で走るバイクがなくなるわけではない。
でも、日本だからこそ選べる、買える、維持できると言えるほどの厚みは、今後かなり薄くなっていくかもしれません。
ここが一番怖いところだと思います。
選ぶ自由は、ユーザーの気持ちだけでは守れない
多くの日本人ライダーは、どこかでこう思っているかもしれません。
日本には世界的な二輪メーカーがある。
だから日本人には、当然いろいろなバイクを選ぶ権利がある。
国産を選ぶ自由もあるし、あえて海外メーカーを選ぶ自由もある。
たしかに、今まではそうでした。
しかし、選ぶ自由というのは、ユーザーが
「これが欲しい」
と思うだけで成り立っているわけではありません。
メーカーが日本に入れる。
輸入元が扱う。
販売店が売る。
整備士が面倒を見る。
部品が供給される。
保証やリコールに対応できる。
その全部があって、初めて「選べる自由」になるのです。
選ぶ権利があると思っていても、その選択肢を支える市場や販売店、整備環境がなくなれば、権利はあっても実際には選べなくなります。
日本メーカーがある国に住んでいるからといって、日本メーカーのバイクを自由に選べる未来が保証されているわけではありません。
怖いのは、ある日突然なくなることではありません。
少しずつ選択肢が減る。
少しずつ入荷台数が減る。
少しずつ販売店が減る。
少しずつ整備できる場所が減る。
少しずつ日本向けの配慮が薄くなる。
そして気がついたときには、
「昔はもっと普通に選べたのに」
となることです。
今は、バイク文化が残るかどうかの瀬戸際なのかもしれない
バイク好きの人にとって、今はひとつの瀬戸際なのだと思います。
これからも日本でバイクに乗り続けられるのか。
日本メーカーのバイクを、普通に見て、比べて、選んで、買って、整備して乗り続けられるのか。
そして、バイクに乗る文化が、これからも日本に残っていくのか。
これはメーカーだけの問題ではありません。
販売店だけの問題でもありません。
今乗っている人が、どうバイクを楽しむか。
これから乗る人に、どうその魅力を伝えるか。
無理な走りや迷惑な走りで、社会からバイクが嫌われる存在にならないようにすること。
若い人やリターンライダーが入りやすい空気を作ること。
販売店や整備の現場を、単なる商売の窓口ではなく、バイク文化を支えるインフラとして見てもらえるかどうか。
そういう積み重ねが、10年先の選択肢を左右するのだと思います。
国産に乗りましょう、海外メーカーに乗るな、という話ではありません。
小排気量でも、大型でも、スクーターでも、スポーツでも、外車でも国産でもいいと思います。
大事なのは、バイクに乗る人がいて、買う人がいて、整備する人がいて、支える店があり、市場として残っていることです。
市場が残っているから、選択肢が残る。
販売店が残っているから、買ったあとも乗り続けられる。
整備士がいるから、安心して楽しめる。
その土台があって初めて、私たちは好きなバイクを選べるのです。
日本メーカーのバイクに、日本人が自由に乗れる。
バイクが好きな人が、安心して乗り続けられる。
新しく乗りたい人が、無理なくバイクの世界に入ってこられる。
それは当たり前のようでいて、放っておけば少しずつ細っていくものなのかもしれません。
日本メーカーのバイクを、日本で比較的割安に買える。
日本人の体格や感覚に合わせた仕様が用意される。
近くに販売店があり、整備を受けられる。
困ったときに相談できる。
そうした環境は、自然に残るものではありません。
むしろ今あること自体が、まだ残っている大きな恩恵なのだと思います。
しかし、その恩恵が10年後も続く保証はどこにもありません。
だからこそ今、国内のバイク文化を細らせないことが大事なのだと思います。