リアルでないと届かない音、空気、迫力がある

先日、若手ソプラノ歌手として活動している娘、河野ちはるのオペラを聴きに行ってきました。
実は彼女は、小さいころ、小学校4年生くらいまでPW50などに乗って、少しモトクロスをやっていました。
土の上を走り、エンジン音や振動を体で感じていた子が、今は自分の体そのものを楽器にして、マイクなしで会場に声を響かせている。
そんなことを思いながら聴いていると、あらためて感じたことがあります。
動画で見ることと、現地で体で感じることは、やはり違う。
今の時代、オペラも動画で見ることはできます。
スマホでも、テレビでも、映像としては見ることができます。
でも、会場で聴くとやはりまったく違いました。
オペラは、人間の体そのものを楽器にして歌うものです。
マイクを通して音を大きくしているのではなく、自分の体から出した声を、そのまま会場に響かせる。
その声が空気を震わせる感じ。
体に届く迫力。
会場全体に広がる緊張感。
これは、スマホの画面やスピーカーでは分かりません。
そこで思ったのです。
これは、モトクロスも同じではないかと。
動画は入口として、とても良い
先日、全日本モトクロス選手権の観客数についての投稿を見ました。
「どれだけライダー達がいい走りをしてもこの人数」
「もっと発信しないと認知もされない」
「この数字が全てではないが、これが現実」
そんな内容でした。
たしかに、考えさせられる数字です。
全日本モトクロスは、日本のトップライダーたちが本気で戦う場所です。
走りのレベルは高い。
バイクの迫力もある。
ライダーたちは本当にすごいことをしています。
それでも観客数がなかなか伸びない。
では、なぜなのか。
私は、最初はYouTubeなどの動画でいいと思っています。
今は全日本モトクロスも動画で見ることができます。
これは本当にありがたいことです。
レース展開は、むしろ動画の方が分かりやすい部分もあります。
誰が前に出たのか。
どこで抜いたのか。
何周目で順位が変わったのか。
実況や解説があれば、初めて見る人でも流れをつかみやすい。
現地に行けない人にとっても、動画配信はとても大きな入口です。
だから、動画を見ること自体はとても良いことだと思います。
ただし、モトクロスの本当の良さは、動画だけでは伝わりません。
スタート前、何十台ものマシンが一斉に吹け上がる音圧。
ジャンプから着地した瞬間に、地面ごと響くような衝撃。
コーナーでリアタイヤが土を掻き、後ろに巻き上げるルースト。
目の前を通過する時のスピード感。
排気の匂い。
土埃。
ライダーとマシンの近さ。
これは、スマホの画面やスピーカーではどうしても薄くなります。
動画で見ることには意味があります。
でも、現地でないと分からないものがあります。
モトクロスは、画面で見るスポーツである前に、
音と土と振動を体で感じるスポーツなのだと思います。
ただ、見に行くハードルは高い
一方で、モトクロスはそもそも見に行くハードルが高い競技でもあります。
ロードレースのように、きれいな観客席があるわけではありません。
野球場やサッカー場のように、座席があって、売店があって、トイレや休憩スペースが整っているわけでもありません。
会場は基本的に土の上です。
坂道もあります。
雨が降ればぬかるみます。
晴れれば埃も立ちます。
日陰が少ない場所もあります。
さらに、会場までの行き方にもハードルがあります。
野球やサッカー、都市部のスタジアムイベントであれば、電車やバスで行って、現地で食事をしたり、ビールを飲みながら盛り上がったりすることもできます。
座席があり、売店があり、公共交通機関で帰れる。
それは観戦というより、ひとつのレジャーとして非常に分かりやすい形です。
しかし、モトクロス場は郊外や山間部にあることが多く、基本的には車やバイクで行くことになります。
そうなると、現地でお酒を飲むわけにもいきません。
帰りの運転もあります。
足元も土です。
座る場所も限られます。
暑さ、寒さ、雨、埃への対策も必要になります。
つまり、モトクロス観戦は、街中のスタジアム観戦とは少し違います。
どちらかと言えば、軽いアウトドアイベントに近い。
だからこそ、初めての人にとっては、
「どこで見ればいいの?」
「何を持って行けばいいの?」
「子ども連れでも大丈夫?」
「一日中いないといけないの?」
「そもそも何を見たら面白いの?」
という不安があります。
ここを無視して、ただ「見に来てください」と言っても、初めての人にはなかなか届きにくいのだと思います。
全日本だけが入口ではない
ただ、モトクロスの迫力を感じる入口は、全日本だけではありません。
全日本選手権は、その地域で年に一回あるかどうかです。
「ちょっと興味が出たから見に行ってみよう」と思っても、日程が合わなければ行けません。
場所が遠ければ、それだけでハードルが上がります。
でも、九州なら九州選手権のような地方選手権があります。
ローカルレースもあります。
しかも地方選手権などは、入場料が無料で見られることも多いです。
無料で、あの音が聞ける。
土煙が見られる。
ジャンプの着地音を感じられる。
コーナーでルーストが飛ぶところを目の前で見られる。
これだけでも、動画とはまったく違います。
もちろん、全日本のレベルは別格です。
日本のトップライダーたちの走りは、やはり特別です。
でも、モトクロスという競技が持っている
音、土、振動、近さ、怖さ、かっこよさを感じるだけなら、地方選手権でも十分楽しめます。
むしろ最初の一歩としては、地方選手権の方が気軽かもしれません。
まずYouTubeで見る。
少し興味を持ったら、近くの地方選手権を見に行ってみる。
そこで現地の迫力を感じる。
そして、もっと見たくなったら全日本を見に行く。
この流れが一番自然なのではないかと思います。
推しライダーを見つけると、観戦はもっと楽しい
そして、現地で見ているうちに、気になる選手ができると、モトクロス観戦は一気に面白くなります。
最初から詳しくなくていいんです。
「ヤマハに乗っているから応援しよう」
「青いバイクだから分かりやすい」
「地元出身の選手だから気になる」
「しゃべり方が面白い」
「男前だ」
「フォームがきれい」
「転んでも最後まで諦めない」
「ヘルメットやウエアがかっこいい」
入口は何でもいいと思います。
野球でもサッカーでも、最初から戦術や細かいルールを全部理解して好きになる人ばかりではありません。
地元のチームだから。
ユニフォームが好きだから。
あの選手がかっこいいから。
なんとなく応援したくなったから。
そういうところから入って、だんだん詳しくなっていきます。
モトクロスも同じでいいと思います。
最初は、
「青いバイクを応援しよう」
くらいでいい。
そこから、
「あの選手、誰?」
「次も出るの?」
「全日本にも出ているの?」
となれば、もう観戦の入口に入っています。
レースは順位を見るものでもありますが、
人を応援するものでもあります。
推しライダーができると、ただバイクが走っているだけではなくなります。
「あの選手が前に出た」
「さっき見た青いバイクが追い上げている」
「地元の選手が頑張っている」
そう見えるだけで、レースはぐっと面白くなります。
現地に行くなら、少しだけ準備を
とはいえ、モトクロス観戦は少しアウトドアです。
初めて行く人は、少しだけ準備しておくと快適に楽しめます。
まずは歩きやすい靴。
会場は土の上ですし、坂道やぬかるみがある場合もあります。
雨のあとなら長靴があると安心です。
それから帽子、飲み物、タオル。
暑い時期なら日差し対策も大切です。
余裕があれば、折りたたみ椅子があるとかなり楽です。
ずっと立って見る必要はありません。
気になる場所で少し見て、疲れたら座って休む。
そのくらいの気軽さでいいと思います。
小さなお子さんと行くなら、耳を守るイヤーマフや耳栓があると安心です。
モトクロスの音は魅力でもありますが、近くで聞くとかなり迫力があります。
服装も、少し土埃がついても気にならないくらいがちょうどいいです。
きれいな靴や白い服より、動きやすくて汚れてもいい服の方が楽しめます。
ここで大切なのは、
「大変ですよ」と伝えることではなく、
「こうすると楽しめます」と伝えることだと思います。
難しく考える必要はありません。
歩きやすい靴。
帽子。
飲み物。
タオル。
余裕があれば折りたたみ椅子。
まずはそれくらいで十分だと思います。
モトクロス観戦は、過酷なものではなく、少し準備すれば楽しめるアウトドアスポーツ観戦。
そんなふうに伝えていくことも必要なのではないでしょうか。
少し大変だからこそ、現地に行った実感がある
モトクロス観戦は、正直に言えば少し大変です。
足元は土です。
雨のあとならぬかるみます。
晴れれば埃も立ちます。
コースの近くで見ていれば、少し土が飛んでくることもあります。
でも、私はそこも含めてモトクロス観戦の魅力なのではないかと思います。
きれいな座席に座って、快適に見るスポーツ観戦とは少し違う。
歩いて、場所を探して、音を浴びて、土埃を感じて、目の前を走るライダーを追いかける。
見る側も、ただ安全な場所から眺めているだけではなく、少しだけ現場の中に入っている感じがあります。
暑かった。
埃っぽかった。
音がすごかった。
靴が少し汚れた。
でも、すごかった。
そういう体験は、あとから不思議と記憶に残ります。
少し汚れるからこそ、
「ああ、現地に行ってきたな」
という実感がある。
ライダーはもちろんコースの中で戦っています。
でも観客も、その音や土や空気を一緒に浴びることで、少しだけ同じ場所に立っているような連帯感を持てるのかもしれません。
モトクロス観戦は、ただ見るだけのスポーツではなく、
その場の空気を一緒に浴びるスポーツ。
だからこそ、動画では伝わらないのだと思います。
ライダー側にもできることがある
では、観客を増やすために、ライダー側には何ができるのでしょうか。
私は、かなりあると思います。
ただし、それは「もっと速く走れ」という話ではありません。
速さはもちろん大切です。
でも、知らない人にとっては、速さだけでは応援する理由になりにくいのです。
大事なのは、応援する入口を作ることです。
たとえば、レース前に発信する。
「今週末、九州選手権に出ます」
「〇〇クラス、ゼッケン〇〇です」
「青いヤマハに乗っています」
「スタートだけでも見に来てください」
「地元のレースなので頑張ります」
これだけでも違います。
多くの人は、レースがあること自体を知りません。
知っていても、誰を見ればいいか分かりません。
そこに、
「この人が走るんだ」
という情報があると、見に行く理由になります。
技術的な話だけでなく、人柄も出していいと思います。
「今回は転ばず完走したい」
「前回スタートを失敗したので、今回は決めたい」
「仕事をしながら練習しています」
「子どもにかっこいいところを見せたい」
「今年初レースで緊張しています」
こういう発信は、応援されやすいです。
人は、順位だけでなく、背景が見える人を応援します。
また、ライダー本人が見どころを教えるのも良いと思います。
「スタートだけでも見てください」
「1コーナーは迫力があります」
「ジャンプより、実はコーナー進入を見てほしいです」
「自分は後半に追い上げるタイプです」
知らない競技は、どこを見ればいいか分かりません。
だから選手が見どころを教えてくれると、観戦が一気に分かりやすくなります。
レース後も、結果だけでなく物語を出す。
「〇位でした」だけでは、知っている人にしか伝わりません。
でも、
「スタートは良かったけど、2周目でミスしました」
「前の選手を追いかけている時間が一番きつかったです」
「応援の声が聞こえて踏ん張れました」
「次はここを直します」
こう書くと、次も見たくなります。
観客は、結果だけではなく、その人が何を感じて、次にどう挑むのかを見ています。
顔が見えると、応援しやすくなる
モトクロスの投稿は、どうしても走行写真が中心になりがちです。
もちろん走行写真はかっこいいです。
でも、初めて見る人には、選手の区別がつきにくい。
だから、ヘルメットを脱いだ顔。
ゼッケンと名前。
バイクと一緒の写真。
レース前の表情。
レース後の泥だらけの姿。
家族や仲間との写真。
そういうものがあると、応援しやすくなります。
「青いバイクの人」から、
「あの人」になります。
特に子どもや初観戦の人にとって、現地で選手に手を振ってもらったり、写真を撮ってもらったり、少し話してもらったりすることは、大きな思い出になります。
モトクロスは、選手との距離が近い競技です。
これは大きな武器です。
プロ野球やサッカーほど遠い存在ではない。
パドックで見かけることもある。
声をかけられる距離にいる。
その近さを、もっと魅力にしていいと思います。
分かる人だけの競技にしないために
今のモトクロス界は、どうしても
「分かる人だけが分かればいい」
という発信になりがちです。
でも、それでは観客は増えにくいと思います。
まだ知らない人に、どうやって興味を持ってもらうか。
初めて見に来た人に、どうやって楽しんでもらうか。
一度来た人に、どうやってまた来たいと思ってもらうか。
そこを考える必要があります。
観客側には、まず動画で見てみるという入口があります。
そして近くの地方選手権を見に行ってみる。
無料で見られるレースなら、なおさら気軽です。
そこで音と土と振動を感じる。
気になる選手を見つける。
推しライダーができる。
そして、機会があれば全日本を見に行く。
一方でライダー側には、応援される入口を作る役割があります。
出場を知らせる。
見どころを伝える。
顔と名前を覚えてもらう。
レース後に物語を出す。
子どもや初観戦の人に優しくする。
それは、競技を軽くすることではありません。
むしろ、モトクロスの価値を外に伝えるために必要なことだと思います。
モトクロスは、動画で見ても面白い。
でも本当の良さは、画面の外にあります。
音圧。
着地の地響き。
土煙。
ルースト。
排気の匂い。
ライダーの表情。
現場の緊張感。
これは、現地でないと分かりません。
だからこそ、まずは気軽に見てほしい。
最初はYouTubeでいい。
次は近くの地方選手権でいい。
青いバイクを応援するだけでもいい。
地元の選手を探すだけでもいい。
そうやって一人でも多くの人が、
「モトクロスって現地で見るとすごいんだ」
と思ってくれたら。
そこから、少しずつ観客は増えていくのではないでしょうか。
そして余談ではありますが、オペラもモトクロスも、現地でしか伝わらないものがあります。
若手ソプラノ歌手・河野ちはるの歌も、機会がありましたらぜひ会場で聴いていただけるとうれしいです。
活動や演奏会情報については、公式ホームページもあります。
https://chiharukawano-soprano.com/
小さいころにPW50で土の上を走っていた子が、今は声で会場の空気を震わせている。
画面越しでは伝わらないもの。
現地で空気ごと感じるもの。
それはきっと、これからの時代だからこそ、より大切になっていくのだと思います。