バイクYZF-R1とは何者なのか? 「世界最速」の時代に、ヤマハが持ち込んだ別の答え

YZF-R1とは、どんなバイクなのか。

「ヤマハの1000ccスーパースポーツ」
「200馬力クラスのフラッグシップ」
「MotoGPの技術を受け継ぐRシリーズの頂点」

どれも間違いではありません。

ただ、R1というバイクの面白さは、現在のスペックだけを見ていても、なかなか伝わらないように思います。

私が初代YZF-R1を初めて見たのは1998年。

そのとき一番最初に思ったのは、

「速そう!」

ではありませんでした。

「ちっちゃ!」

でした。

今でこそ1000ccのスーパースポーツがコンパクトなのは当たり前ですが、当時はそれまで持っていた「大型バイク」というものの概念が、少し変わったような気がしたのを覚えています。

今回は、そんな初代R1から現在まで。

「そもそもR1とは何だったのか?」

そこから少し振り返ってみたいと思います。

当時、大型スポーツは「どこまで速く走れるか」の時代だった

1990年代の大型スポーツバイクを振り返ると、今とは少し違う空気がありました。

1990年にはカワサキZZR1100。

1996年にはHonda CBR1100XXスーパーブラックバード。

そしてR1の翌年、1999年にはスズキGSX1300Rハヤブサが登場します。

大排気量。
大きなカウル。
圧倒的なエンジンパワー。
優れた高速安定性。

「一体、最高速は何km/h出るのか?」

そんな話題が、バイク雑誌でもかなり大きく取り上げられていた時代だったように思います。

もちろん、これらのバイクが単に直線だけ速いという意味ではありません。

高速道路を長時間走る性能や、タンデム、長距離移動まで含めて、とても高い完成度を持ったバイクでした。

ただ、当時の私たちが大型バイクに持っていた印象には、

「大きい」
「重い」
「ものすごく速い」

というものが、かなり強かったのではないでしょうか。

そこへヤマハが持ってきたのが、初代YZF-R1でした。

初めて見たR1は、とにかく小さかった

初代R1は998cc。

最高出力150PS。

乾燥重量177kg。

今数字だけを見ても軽いのですが、当時、実車を見ると数字以上に小さく感じました。

「本当にこれ、1000ccなの?」

という感じです。

もちろん、それ以前にもHonda CBR900RR FireBladeという存在がありました。

「大排気量スポーツ=大きくて重い」という考え方を崩した先駆者といえば、まずFireBladeを挙げるべきでしょう。

そのうえでR1は、ほぼ1000ccの998ccまで排気量を拡大し、150PSというパワーを持ちながら、車体は非常にコンパクトにまとめてきた。

私にはそこで、

「大型バイクって、こういうものでもいいんだ」

と、もう一段はっきり概念が変わったように感じました。

ヤマハが目指したのは「最高速」ではなく「曲がる楽しさ」

ここがR1の面白いところです。

初代R1は、

「1000ccだから、とにかく最高速を出そう」

というところから作られたバイクではありません。

ヤマハが当時掲げていたのは「ツイスティロードで最高のエキサイトメント」。

海外向けには「King of the twisting roads」という表現まで使われていました。

つまり、

「1000ccのパワーを使って、ワインディングを楽しんでください」

というバイクだったわけです。

ブレーキをかける。

倒し込む。

向きを変える。

アクセルを開ける。

その一連の操作を、自分で積極的に行う。

当時、超高速ツアラーが注目を集め、

「最高速何km/h」

という世界が盛り上がっていた中で、

ヤマハは、

「いや、曲がるほうが面白いでしょう」

とでも言うようなバイクを出してきた。

私には、そんなふうに見えました。

600ccのような車体に、1000ccの力

初代R1の特徴は、単に軽かったことだけではありません。

エンジンそのものをコンパクトに作り、車体の中での搭載位置を工夫することで、ホイールベースをむやみに伸ばさず、長いスイングアームを確保する。

1000ccの強烈なパワーを持ちながら、それをできるだけ「曲がる車体」に仕立てる。

そういう考え方が、最初からはっきりしていました。

今では、

1000cc。
200馬力前後。
軽量アルミフレーム。
短いホイールベース。

というスーパースポーツが普通に存在します。

しかし、それを1998年に見せられたインパクトはかなり大きかった。

特に、それまで大型バイクといえば「大きな乗り物」というイメージを持っていた人ほど、

「あれ?」

と思ったのではないでしょうか。

私自身がまさにそうでした。

そしてR1は、少しずつ進化していく

R1はその後もモデルチェンジを重ねます。

2002年にはフューエルインジェクションを採用。

2004年にはエンジン性能をさらに高め、車体も大きく進化。

そして2007年には電子制御スロットルYCC-Tや電子制御可変ファンネルYCC-Iを採用します。

パワーはどんどん上がっていきました。

しかし面白いのは、単純に最高出力だけを追いかけていたわけではないことです。

R1がずっと考えていたのは、

「そのパワーを、どうやってライダーが使うのか」

ということだったように思います。

それが最も分かりやすく表れたのが、2009年でした。

2009年、クロスプレーンR1の登場

2009年型R1では、クロスプレーン型クランクシャフトを採用しました。

MotoGPマシンYZR-M1にも通じる考え方です。

クロスプレーンR1というと、独特な排気音を思い浮かべる人も多いでしょう。

確かに音は大きな特徴です。

ただ、本来の目的はそこではありません。

アクセルを開けたときに、ライダーの操作と後輪へ伝わる駆動力の関係を、より分かりやすくすること。

「これだけアクセルを開けたから、これだけリアタイヤを押したい」

という人間の感覚に近づけていく。

単純に、

「もっと馬力を出しました」

ではない。

「もっと使いやすい力にしました」

という方向です。

これも初代R1から続いている思想ではないでしょうか。

「ワインディング最速」が、やがて「サーキット最速」へ

そしてR1の歴史で、もうひとつ大きな転換点になるのが2015年です。

2015年型R1は、ほぼ全面的に新しくなりました。

最高出力200PS。

チタンコンロッド。

マグネシウムホイール。

6軸IMU。

トラクションコントロール。

スライドコントロール。

リフトコントロール。

電子制御の内容も、現在のスーパースポーツに近いものへ一気に進化しました。

そして、この世代から開発目標もはっきり変わります。

それまでの

「Fastest on Twisty Roads」

から、

「Fastest on the Racetrack」

へ。

つまり、

「ワインディングで最高に楽しめるバイク」

から、

「サーキットで最速を目指すバイク」

へ。

ここだけを見ると、R1の思想が変わったようにも見えます。

でも私は、少し違う見方をしています。

ワインディングを楽しむ思想を突き詰めたら、レースで勝つバイクになった

初代R1は、

「身近なワインディングを1000ccで楽しむ」

というところから始まりました。

もっと軽く。

もっと曲がるように。

もっとアクセルを開けやすく。

もっとライダーの意思どおりに動くように。

そこを十数年かけてひたすら突き詰めていった。

すると、いつの間にか、

「それならサーキットでも速いよね」

というところまで来てしまった。

私はR1の歴史の中で、ここが非常に面白いところだと思っています。

そして本当に鈴鹿8耐を勝ってしまった

2015年。

ヤマハは新型R1を投入すると同時に、13年ぶりにファクトリー体制で鈴鹿8時間耐久ロードレースへ復帰しました。

そして、いきなり優勝。

ヤマハとして19年ぶりの鈴鹿8耐制覇でした。

さらに、

2016年。
2017年。
2018年。

と勝ち続け、4連覇。

あの1998年に、

「1000ccなのに、こんなに小さいの?」

と思ったバイク。

「最高速だけではなく、ワインディングで楽しんでください」

というところから始まったバイクが、

20年後には鈴鹿8耐を何度も制するマシンになっていました。

そう考えると、なかなか面白い歴史です。

全日本ロードでも、R1は勝ちまくる

同じことは全日本ロードレースでも起こりました。

2015年、新型R1を投入した中須賀克行選手は、開幕戦2位のあと残る7戦をすべてポール・トゥ・ウイン。

圧倒的ともいえる強さを見せました。

その後もR1と中須賀選手の組み合わせは勝利を重ね続けます。

2025年には中須賀選手が自身13回目となるJSB1000チャンピオンを獲得。

YZF-R1は長年、日本最高峰クラスの中心に居続けています。

もちろん、レース車両と市販車がまったく同じという話ではありません。

それでも、

「R1という市販車をベースにして、ここまで勝てる」

ということには大きな意味があります。

最初から「レースで勝つためだけのバイク」ではなかった

ここが私は好きなところです。

R1は最初から、

「鈴鹿8耐を勝つぞ」

というだけのバイクではありませんでした。

出発点はもっと身近です。

大排気量でも。

1000ccでも。

もっと軽く。

もっとコンパクトに。

もっと曲がるように。

もっと自分で操ることを楽しめるように。

言ってしまえば、

「1000ccでもワインディングを楽しみたいでしょう?」

というところから始まった。

それを妥協せずにずっと磨き続けた結果、

鈴鹿8耐で勝ち、

全日本ロードでも勝ち続ける。

そう考えると、

「ワインディング最速」から「サーキット最速」へ変わったというより、

「ワインディングで楽しいバイクを本気で突き詰めたら、サーキットでも速くなった」

と言ったほうが、R1らしいような気がします。

電子制御が増えたから、簡単なバイクになったわけではない

現在のR1には、高度な電子制御が数多く搭載されています。

それを見ると、

「昔より簡単に乗れるようになったのでは?」

と思う人もいるかもしれません。

確かに安全性や扱いやすさは大きく向上しています。

しかし、

「電子制御があるから普通のバイクになった」

ということではありません。

むしろ、エンジンもブレーキもタイヤも車体も、人間の感覚だけでは管理しきれないほど高性能になった。

だからこそ電子制御が必要になった、と考えたほうがいいでしょう。

電子制御は、ライダーの代わりに走ってくれるものではありません。

どこでブレーキをかけるのか。

どこで倒し込むのか。

どこからアクセルを開けるのか。

最後に決めるのは人間です。

その人間の操作を、限界近くで支えてくれる。

ここにも、

「人間が操る」

というR1の考え方が残っているように思います。

今のR1は、公道では使い切れない

現在のR1の性能を、公道ですべて使うことはまずできません。

街中ならもっと楽なバイクはいくらでもあります。

ツーリングなら快適なバイクがある。

ワインディングでも、もっと排気量の小さなバイクのほうが、性能を使い切る楽しさを味わいやすいこともあります。

ですから、

「R1って、そんな性能どこで使うの?」

という疑問は、ある意味では正しいと思います。

でも、R1は最初から、

「誰にでも一番便利なヤマハ」

として作られたバイクではありません。

ヤマハが、

「現在持っている技術で、本気でスポーツバイクを作るならどこまでできるのか」

そこを形にしたバイクです。

だからこそ、R1はフラッグシップなのだと思います。

R1があるから、Rシリーズがある

現在ではR1だけでなく、

R9。
R7。
R3。
R25。
R15。
R125。

さまざまなYZF-Rシリーズがあります。

排気量も性能も用途も違います。

ただ、その頂点にある考え方は、1998年のR1から始まっています。

大排気量だから大きくなくてはいけないわけではない。

パワーがあるから直線だけ速ければいいわけでもない。

軽く。

曲がり。

人間の操作に素直に応える。

そういうスポーツバイクを作る。

その考え方が、Rシリーズ全体へ広がっていったのだと思います。

R1とは何だったのか

改めて考えると、私にとって初代R1の印象はやはり、

「ちっちゃ!」

です。

そして、その一言にR1というバイクの本質がかなり詰まっていたような気がします。

当時、大型スポーツバイクの世界では、

「どこまで速く走れるのか」

という超高速性能が大きな価値を持っていました。

そこへヤマハは、

「1000ccでも、もっと小さく軽くして、ワインディングで楽しんだほうが面白いでしょう」

という別の答えを持ってきた。

その思想を何十年も磨き続けた結果、

R1は鈴鹿8耐を制し、

全日本ロードでも勝ち続けるバイクになりました。

最初からレース専用の思想で始まったわけではない。

身近なワインディングを楽しむところから始まって、

もっと曲がる。

もっと止まる。

もっとアクセルを開けられる。

もっと人間の意思どおりに動く。

そこを突き詰めた先に、レースでの強さがあった。

そう考えるとR1とは、

単なる「200馬力の1000ccバイク」ではありません。

1998年からずっと、

「高性能なバイクを、人間が操るとはどういうことなのか」

それを追い続けてきたバイクなのではないでしょうか。