バイク以前、バイク漫画について、自分がどんな作品を通ってきたのかを書きました。

では映画やテレビはどうだったんだろう。

思い返してみると、漫画とはまた少し違う影響を受けていたような気がします。

映画やテレビを見て、

「これを見てバイクに乗ろうと思った」

という作品があったわけではありません。

でも、もっと前の段階。

「バイクとは、こういうことができる乗り物なんだ」

「バイクに乗る人って、こういう人なんだ」

そんなイメージを作ったのは、映画やテレビだったのかもしれません。

考えてみれば、まだ自分でバイクに乗るずっと前から、画面の中ではバイクが走り、曲がり、転び、そして飛んでいました。

「バイクは飛ぶもの」と教えてくれた仮面ライダー

自分たちの世代で、まず外せないのは「仮面ライダー」でしょう。

今になって見ると、とんでもないことをやっています。

バイクで走ってきて、そのままジャンプする。

子どもの自分は、それを疑いません。

「ああ、バイクって飛ぶんだ」

そう思っていました。

もちろん、実際にバイクに乗るようになれば、普通の道路でバイクを飛ばすものではありません。

でも自分はその後、モトクロスを始めます。

そしてモトクロスでは、本当にバイクでジャンプすることになります。

考えてみると面白いんですよね。

初めてモトクロスのジャンプを見たときに、

「えっ、バイクって飛ぶの?」

とは思わなかった。

自分の中では、ずっと前からバイクは飛ぶ乗り物だったからです。

もちろん仮面ライダーを見たからモトクロスを始めたわけではありません。

でも、「バイクで飛ぶ」ということに対する心理的な違和感を、子どもの頃にすでになくしてくれていたのかもしれません。

今でも自分はモトクロスでジャンプを飛んでいるわけですから、テレビの中のあの映像が、どこかでつながっていると考えると面白いものです。

アメリカの白バイなのにカワサキ?「白バイ野郎ジョン&パンチ」

「白バイ野郎ジョン&パンチ」もテレビで見ていました。

自分が見たのは再放送だったと思います。

とにかく、すごくアメリカらしい番組でした。

広い道があって、でかい車が走っていて、白バイが走り回る。

事故も派手。

日本の刑事ドラマとはまったく違う世界でした。

そして子どもの自分が気になったのが、その白バイです。

カワサキなんですよね。

「アメリカの白バイなのに、ハーレーじゃないんかい」

そんなことを思った記憶があります。

今なら、アメリカの警察で日本製のオートバイが使われていたことも調べればすぐ分かります。

でも当時はネットなんてありません。

外国のバイク事情を知る方法そのものが少なかった。

だからテレビの映像が、そのまま外国を知る窓でもありました。

そう考えると、映画やテレビから得ていた情報って、今思う以上に大きかったのかもしれません。

意味はよく分からない。でも「汚れた英雄」は格好よかった

1982年公開の「汚れた英雄」。

これは強烈に覚えています。

ただ、当時の自分には、映画の中で描かれる大人の男女関係などは、正直よく分かりませんでした。

主人公の生き方そのものを理解して見ていたわけでもない。

それでも映像は残っています。

特に冒頭。

モーターホーム、トランスポーターのようなところから始まり、レーサーが準備をしてレースの世界へ入っていく。

あの雰囲気です。

「レースの世界って、こんな感じなんだ」

自分にはそれがものすごく格好よく見えました。

後になって自分も競技をするようになりますが、子どもの頃に見た「レーサー」のイメージという意味では、この映画の影響はかなり大きかったのかもしれません。

映画のストーリーを覚えているというより、

空気を覚えている。

音を覚えている。

マシンが置いてある風景を覚えている。

映画というのは不思議なものです。

「風よ、鈴鹿へ」は、レースをやった人間だから分かる

そして「風よ、鈴鹿へ」。

鈴鹿8耐を題材にした作品で、1988年にTBSで放送されたドラマです。

これはテレビで見たのか、その後に映像で見たのか、そこまでははっきり覚えていません。

でも見ていると、

「そうそう。あの頃のレースって、こんな感じやったよね」

と思える。

これは自分にとって、かなり特別です。

自分は鈴鹿8耐に出ていたわけではありません。

カテゴリーも違います。

自分がやっていたのはモトクロスです。

でも、自分もプライベーターとしてレースをしていました。

だから、分かるんです。

大きなメーカーのワークスチームではなく、自分たちでバイクを準備して、自分たちで運び、限られた人と道具の中でレースを成立させる。

走っている時間だけがレースではありません。

そこへ行くまでの準備。

バイクを仕上げる時間。

トランポに積む。

必要なものを揃える。

仲間と動く。

何か起きれば、その場でどうにかする。

そしてようやくスタートラインに立てる。

プライベーターにとっては、その全部がレースだったんですよね。

「風よ、鈴鹿へ」を見ると、その時代の空気が伝わってきます。

今のレースとは違う、どこか手作りの感じ。

一人のライダーだけでは成立しない感じ。

カテゴリーは違っても、

「ああ、分かるなあ」

と思う。

これは実際にプライベーターとして競技をした人間だから感じる部分なのかもしれません。

「汚れた英雄」が、まだレースを知らなかった自分から見た「格好いいレーサーの世界」だとすれば、

「風よ、鈴鹿へ」は、実際にレースを知るようになった自分が見る「レースの裏側まで含めた世界」。

同じバイクレースを扱った映像でも、自分自身が変わると見え方も変わるものです。

バイク映画じゃないのに、バイクだけは忘れない「トップガン」

「トップガン」もレンタルビデオで見ました。

もちろんバイク映画ではありません。

主役は戦闘機です。

なのに、カワサキGPZ900Rが走る姿はものすごく印象に残っています。

戦闘機の横をバイクで走る。

それだけで絵になる。

考えてみれば、バイクには不思議なところがあります。

映画のストーリーの中心ではなくても、主人公が乗っているだけで、その人物のキャラクターまで強く見せてしまう。

自由そう。

速そう。

ちょっと危なそう。

人に言われた通りには生きなさそう。

そんなイメージを、バイク一台で表現できてしまう。

だから映画の中では、昔からバイクが使われてきたのでしょう。

速さではなく「バイクのある生活」――彼のオートバイ、彼女の島

「彼のオートバイ、彼女の島」も、ビデオか何かで見ました。

自分はこの作品の雰囲気が好きです。

レースで勝つとか、世界最速とか、悪者と戦うとか、そういう話ではありません。

バイクが生活の中にある。

旅があって、若者がいて、恋愛があって、そこにバイクがある。

今見ると、バイクだけではなく、当時の時代そのものが映っているように思えます。

「ああ、昔ってこういう感じやったよね」

と思える。

古い映画を見る面白さは、登場するバイクを見るだけではありません。

街の風景。

服装。

道路。

店。

人と人との距離感。

その時代にバイクがどう存在していたのかまで残っています。

ある意味、映画はバイク文化のタイムカプセルでもあるんですよね。

ターミネーター2――ハーレーも飛ぶのか

「ターミネーター2」も印象深い作品です。

シュワルツェネッガーがハーレーダビッドソンのFat Boyに乗る。

そして少年ジョン・コナーはHonda XR100Rで逃げる。

あのオフロードバイクで逃げるシーンは、オフロードをやっている人間としてはやっぱり目が行きます。

そしてハーレーでジャンプ。

子どもの頃は仮面ライダーを見て、

「バイクは飛ぶんだ」

と思った。

大人になってターミネーターを見ると、

「それで飛ぶんかい」

となる(笑)。

ちなみにジョン・コナーのXR100Rは4ストなのですが、映画では2ストらしい音が使われています。

こういうところも、バイクを知ってしまった人間は気づいてしまいます。

子どもの頃は何の疑問もなく見ていた映像を、大人になってからは、

「いや、それは違うやろ」

と突っ込みながら見る。

それもまたバイク映画の楽しみ方なのかもしれません。

映画の中では、バイクはどんどん超人になる

その究極みたいなものが、「M/ミッション:インポッシブル2」。

終盤のバイク同士のバトルは強烈でした。

トライアンフのSpeed TripleとDaytonaが走り、土の上まで入り、ジャンプして、最後はもうバイクで決闘するような世界です。

ライダーとして見ると、

「いやいやいや」

と言いたくなるところはいくらでもあります。

でも、それでいいんでしょう。

映画ですから。

「トルク」もそうでした。

ものすごく速い変わったバイクが出ていた記憶がありましたが、あれはMTT Y2Kというガスタービンエンジンを積んだ実在するバイク。

バイクを題材にした映画は、ときどき現実のバイクよりさらに先へ行こうとします。

現実ではあり得ない動きをさせる。

ジャンプさせる。

滑らせる。

戦わせる。

でも、それだけバイクという乗り物には「何かやってくれそう」と思わせる力があるのでしょう。

同じことを普通の乗用車でやっても、あれほど絵にならないのかもしれません。

「スーパークロス」は、競技を知っているから見てしまう

2005年には、そのものずばり「スーパークロス」という映画もありました。

一般的には、それほど大きなヒットになった作品ではありません。

でも自分はモトクロスをやってきた人間です。

スーパークロスとなれば、やっぱり見ます。

ストーリー以前に、

「どうやってスーパークロスを映画にするんだろう」

というところが気になるんですよね。

実際の競技を知っていると、映画を見る目も少し意地悪になります。

フォームを見る。

ラインを見る。

ジャンプを見る。

「これは本人が乗ってるのかな」

「ここはスタントだな」

「そんなところから開けたら無理やろ」

そんなことばかり気になる(笑)。

でもそれも、その競技を好きだからです。

「栄光のライダー(On Any Sunday)」も有名な作品です。

自分は全部をしっかり見たわけではありませんが、後のスーパークロスチャンピオン、ジェフ・ワードがまだ子どもの頃に登場している話などは知っています。

映画が作られた時には「バイクの好きな少年」だった子が、その後世界的なトップライダーになる。

長くバイクの世界を見ていると、作品の外側までつながっていくのも面白いところです。

「イージー・ライダー」より先に、スーパークロスを思い出す曲

バイク映画といえば「イージー・ライダー」。

これは自分たちより少し上の世代の作品ですが、もちろん後になって見ています。

そして有名なのがステッペンウルフの「Born to Be Wild」。

ところが自分の場合、この曲を聞くと「イージー・ライダー」以上に思い出すものがあります。

1990年代にNHK-BSで放送されていたスーパークロスです。

自分の記憶では、この曲が使われていて、それがものすごく印象に残っています。

だから「Born to Be Wild」を聞くと、

ハーレーでアメリカを旅する映像より、

スーパークロスのスタジアムやジャンプの映像が頭に浮かぶ。

同じ曲でも、その人が何を見てきたかで結びつく映像が違う。

これも面白いものです。

映画を見ていないのに、ポスターだけ覚えている

「ハーレーダビッドソン&マルボロマン」という映画があります。

実は自分は映画そのものを見ていません。

でもタイトルはものすごく覚えています。

なぜか。

昔のお店に映画のポスターが届いたんです。

どこから届いたのかはもう覚えていません。

でも店に貼っていました。

だから映画を見ていないのに、映画の記憶がある。

こういうのも、今では少なくなった気がします。

映画が公開される。

ポスターがバイク屋に届く。

店に貼る。

お客さんが見る。

映画とバイク業界が、そんな形でもつながっていた時代です。

今度、せっかくなので一度ちゃんと見てみようかなと思っています。

30年以上前に店に貼っていたポスターの映画を、今になって初めて見る。

それもなかなか面白そうです。

大分で撮影された「ワイルド7」

「ワイルド7」は昔のテレビ版ではなく、2011年に映画になったものを映画館で見ました。

この作品は大分でも撮影されています。

大分スポーツ公園や当時の大分銀行ドーム、OASISひろば21など、普段自分たちが知っている場所が映画の中に出てくる。

地元の風景が映画になると、不思議なものです。

ストーリーとは別に、

「あ、ここ知ってる」

という見方になってしまう。

ましてバイクが走っている。

全国公開の映画の中で、自分たちの街をバイクが走っている。

これもまた、バイク映画の記憶の一つです。

そして今、「世界最速のインディアン」が響く

そして、今の自分に一番響く作品を考えると、「世界最速のインディアン」かもしれません。

アンソニー・ホプキンス演じるバート・マンローが、長年手を入れてきた古いインディアンで、アメリカのボンネビル・ソルトフラッツへ最高速記録に挑みに行く話です。

若いライダーが世界一を目指す話ではありません。

主人公はすでに歳を取っている。

お金も潤沢ではない。

乗っているバイクも最新ではない。

それでも、

「まだやりたい」

から行く。

以前見たときにもいい映画だと思いましたが、57歳になった今見ると、また違います。

昔なら、

「すごい爺さんやな」

だったかもしれない。

今は、

「分かるなあ」

に変わってきた。

自分もこれから先、若い頃と同じようにできることばかりではありません。

モトクロスだってそうです。

体力も変わる。

無理も効かなくなる。

だからといって、

「歳を取ったから、もうやめる」

だけが答えではないと思っています。

バイクを変えてもいい。

走り方を変えてもいい。

カテゴリーを変えてもいい。

若い頃と同じことをする必要もない。

それでも、自分なりの挑戦を続けることはできる。

そういうことを考えるようになった今だから、「世界最速のインディアン」が以前よりずっと心に残るのでしょう。

映画が教えたのは、乗り方ではなかった

こうして振り返ってみると、映画やテレビからバイクの乗り方を教わったわけではありません。

仮面ライダーを見ても、ブレーキングは上手くならない。

「汚れた英雄」を見ても、速くはならない。

「トップガン」を見たからといって、GPZ900Rを格好よく乗れるわけでもない。

でも、

「バイクとは、どんな乗り物なのか」

という想像の範囲は、ずいぶん広げてもらったような気がします。

バイクは飛ぶ。

バイクは旅をする。

バイクは競う。

バイクは人を格好よく見せる。

バイクは仲間をつなぐ。

バイクは歳を取っても挑戦できる。

もちろん映画だから誇張もあります。

現実には絶対に真似してはいけないことも山ほどあります。

それでも、画面の中のバイクを見て、

「バイクって面白そうだな」

と思った人は、自分たちの世代にはかなり多かったのではないでしょうか。

子どもの頃、仮面ライダーを見ながら、

「バイクって飛ぶんだ」

と思っていた少年がいました。

それから半世紀近く。

その少年は57歳になって、今でも本当にバイクでジャンプしています。

もちろん仮面ライダーのせいだとは言いません(笑)。

でも、ずっと前から自分の中には、

「バイクには、まだ自分の知らない面白いことがある」

という感覚があったのかもしれません。

そして今も、それはあまり変わっていないような気がします。

皆さんにもありませんか?

映画そのものが好きだった作品。

バイクだけが妙に記憶に残っている作品。

テレビで見て「このバイク格好いいな」と思った場面。

あるいは、自分がバイクに乗るようになってから見直したら、昔とはまったく違って見えた作品。

年代によっても、かなり違うと思います。

皆さんの「映像の中で忘れられないバイク」も、ぜひ聞いてみたいですね。