
教習所では習いきれない、公道で必要な「もう一段先」の安全技術
仕事柄、二輪教習の様子を目にすることがあります。
もちろん、教習を受けている方は皆さん一生懸命です。
クラッチ操作、ブレーキ、安全確認、コースを覚えること、検定課題をこなすこと。
最初はそれだけでも精一杯だと思います。
ただ、見ていて感じることがあります。
多くの人が、バイクに「乗っている」というより、バイクの上で固まっているように見えるのです。
言い方は少し悪いかもしれませんが、まるでお地蔵さんのように、体が動いていない。
もちろん、これは初心者を笑っているわけではありません。
むしろ、それだけ最初は余裕がないということだと思います。
でも、公道に出たあと、その「固まったままの乗り方」が危ない場面があります。
教習所で習うことは、とても大事です
まず誤解してほしくないのは、教習所で習うことはとても大事だということです。
安全確認。
発進と停止。
低速バランス。
急制動。
一本橋。
スラローム。
法規走行。
これらは、公道を走るための大切な基礎です。
ただし、免許を取ったからといって、すぐにどんな道でも安全に走れるというわけではありません。
免許証は、
「あなたはもう絶対に大丈夫です」
という保証書ではないと思います。
どちらかといえば、
「公道で練習を始めてもよいですよ」
という許可証に近いものではないでしょうか。
本当に大事なのは、免許を取ったそのあとです。
昔は、足りない部分を教えてくれる場所がありました
昔は、免許を取ったあとに足りない部分を、まわりの人から自然に学ぶ機会が今より多かったように思います。
バイクの先輩。
ショップの人。
ツーリングクラブ。
常連同士の会話。
走りに行った先でのアドバイス。
もちろん、昔がすべて良かったという話ではありません。
今の感覚では少し乱暴な教え方もあったでしょうし、無茶な走りをする人も多かったと思います。
ただ、それでも、
「それは危ない」
「そこはそう走らない」
「下りは腕で支えるな」
「カーブの先を見ろ」
「ステップにちゃんと乗れ」
というようなことを、誰かが言ってくれる場面はあったのではないかと思います。
バイク業界にも、今より余力がありました。
ショップに人が集まり、常連同士のつながりがあり、ツーリングクラブがあり、メーカーや販売店のスクールなどで学ぶ機会も、今より身近だったかもしれません。
免許を取ってから、公道で本当に必要になる技術を、どこかで少しずつ拾っていく環境があったのだと思います。
今は、その「学ぶ場所」が見えにくくなっています
ところが今は、少し状況が違います。
先輩が強く言えば、ハラスメントと思われるかもしれない。
ショップも昔のように、誰でも気軽に一日中入り浸れるような時代ではない。
お店側も、人手不足や作業予約で余裕が少なくなっています。
ツーリングクラブのような濃い付き合いも、昔ほど一般的ではないかもしれません。
スクールの機会も、地域によっては限られています。
そのかわり、SNSやYouTubeには情報が山ほどあります。
ただ、情報が多いことと、正しく学べることは別です。
ネットには、
速く走るための話。
サーキット向けの話。
極端なフォームの話。
初心者向けに見えて、実はかなり上級者向けの話。
逆に、安全そうに見えて、本質から外れている話。
いろいろな情報が混ざっています。
免許を取ったばかりの人が、その中から、
何が本質なのか。
何が今の自分に必要なのか。
何はまだやるべきではないのか。
それを見分けるのは、かなり難しいと思います。
だから今の初心者は、ある意味で昔より危ない面があります。
情報はある。
でも、順番がわからない。
教えてくれる人も少ない。
自分が何を知らないのかにも気づきにくい。
その状態で、公道に出てしまうわけです。
「ちょっと走ろうや」が危ないこともある
特に怖いのは、免許を取ったばかりの人が、たまたま身近なバイク乗りの友人に誘われて、
「ちょっと走ろうや」
という軽いノリでツーリングに出てしまうことです。
もちろん、誘う側に悪気はないと思います。
むしろ、バイクの楽しさを教えてあげたいという気持ちかもしれません。
でも、その人が初心者の何が危ないのかを理解していなければ、かなり危険です。
免許を取ったばかりの人は、まだ、
カーブでどのくらい傾ければいいのか
下りで腕に体重が乗るとどうなるのか
S字で次のコーナーを考えるとはどういうことか
後続車が迫った時にどう心を落ち着けるか
流れに乗ることと、無理をすることの違い
前のバイクについて行ってはいけない場面
こういうことが、まだよくわかっていない場合があります。
経験者にとっては普通の速度でも、初心者にとっては情報処理が追いつかないことがあります。
大きなRのコーナー。
下りのカーブ。
S字の切り返し。
ブラインドコーナー。
路面の荒れ。
後ろから迫る車。
こうした要素が重なると、どこかで余裕がなくなります。
そして初心者は、余裕がなくなった時ほど黙ります。
「怖い」と言えない。
「ちょっと待って」と言えない。
「ペースを落として」と言えない。
前の人についていかないと迷惑をかけると思ってしまう。
これが一番危ない。
免許を取ったばかりの人を、軽いノリで山道やロングツーリングに連れ出すのは、場合によってはかなり危険だと思います。
「カーブの手前で十分減速」だけでは足りない場面がある
教習所では、カーブの手前では十分に減速しましょう、と教わります。
もちろん、それは正しいです。
オーバースピードでカーブに入るのは危険です。
でも、実際にツーリングに出ると、それだけでは説明しきれない場面がたくさんあります。
たとえば、比較的速度の乗りやすい大きなRのコーナー。
登りのカーブ。
下りのカーブ。
S字の切り返し。
途中で曲がり方が変わるカーブ。
路面の荒れ、砂、落ち葉、濡れた場所。
公道のカーブは、教習所のようにいつも同じではありません。
大きなRのコーナーでは、極端に速度を落とすよりも、ある程度の速度を保ったまま、バイクを安定して旋回させることが必要になる場面があります。
登りでは、速度が自然に落ちます。
減速しすぎると、途中で失速気味になり、かえって不安定になることもあります。
下りでは、放っておいても速度が乗ります。
入口で早めに速度を整えておかないと、途中で怖くなってブレーキを足したくなります。
S字では、一つ目のカーブだけを頑張りすぎると、二つ目が苦しくなります。
一つ目を曲がりながら、すでに次のカーブの準備をしておく必要があります。
つまり、公道では単に
「ゆっくり走れば安全」
ではないのです。
大事なのは、
その道に合った速度、その道に合った姿勢、その道に合った余裕を作ること
だと思います。
バイクは、座っているだけでは曲がりません
初心者の方に多いのは、シートに座り、ハンドルを握り、足をステップに置いているだけの状態です。
でも、バイクは椅子に座ってハンドルを持つだけの乗り物ではありません。
ステップは、ただ足を置く場所ではありません。
体を支える場所です。
ハンドルは、しがみつく場所ではありません。
操作を伝える場所です。
シートは、全体重をどっしり預けて沈み込む場所ではなく、バイクと体をつなぐ一部です。
バイクを安定して走らせるには、ステップに体重の一部を預け、下半身で体を支え、上半身を自由にしておくことが大切です。
特にカーブでは、腕に力が入るほどバイクは曲がりにくくなります。
怖い。
体が後ろに残る。
腕が突っ張る。
ハンドルを押さえる。
バイクが寝ない。
思ったより曲がらない。
さらに怖くなる。
この流れは、とても危険です。
本人は「スピードが速すぎた」と感じるかもしれません。
もちろん本当に速すぎる場合もあります。
でも実際には、
その速度で曲がれるだけの姿勢が作れていない。
バイクが傾こうとする動きを、体で邪魔している。
ということも多いのではないかと思います。
足はステップに「置く」のではなく、ステップに「乗る」
ここはとても大事です。
バイクに乗る時、足はステップに置くだけでは不十分です。
ステップに体を預ける感覚が必要です。
ただし、誤解してほしくないのは、バイクはステップだけで曲がるという話ではない、ということです。
オンロードでは、バイクを傾ける時に、ハンドルへの入力、いわゆる逆操舵の要素も大きく関係します。
視線、速度、上半身の力の抜き方、ハンドル入力、そしてステップへの荷重。
それらが合わさって、バイクは自然に向きを変えていきます。
そのうえで、初心者にとって特に大事なのが、ステップにちゃんと乗れているかどうかです。
シートにどっかり座り込み、腕で体を支え、足はただステップに置いているだけ。
この状態では、上半身に力が入りやすく、バイクが傾こうとする動きを邪魔してしまいます。
直線を走っている時や、カーブに入る前は、左右のステップにある程度均等に体重が乗っています。
そこから、曲がる方向の内側の足の力を少し抜く。
右コーナーなら右足側。
左コーナーなら左足側です。
内足の力を少し抜くと、体はアウト側ステップに預けやすくなります。
すると、下半身で体を支えやすくなり、上半身や腕の力が抜けやすくなります。
結果として、バイクが傾こうとする動きを邪魔しにくくなるのです。
そして、傾き始めたバイクを安定させるために大事になるのが、アウト側ステップです。
右コーナーなら左足側。
左コーナーなら右足側。
つまり、曲がる方向とは反対側のステップです。
内足の力を抜き、アウト側ステップで体を支える。
この流れができると、腕に頼らず、下半身で安定してバイクに乗りやすくなります。
逆に、シートにどっかり座り込んでいたり、左右のステップを同じように踏み続けていたり、内側のステップにも力が残りすぎていたりすると、バイクはなかなか素直に寝ていきません。
倒そうとしているのに、重い。
カーブに入っても、バイクが曲がり始めない。
怖くなって腕に力が入る。
さらに曲がらなくなる。
こういう状態になりやすいのです。
ステップに足を置くことと、ステップに体重を預けることは違います。
そして、ただアウト側を強く踏むだけでもありません。
左右に乗っている状態から、内側の力を少し抜く。
その結果、アウト側ステップに体を預けやすくなる。
下半身で支えられるので、腕の力が抜ける。
バイクが傾こうとする動きを邪魔しにくくなる。
この感覚が大切です。
これは速く走るための技術ではありません。
安全に、余裕を持って曲がるための基本です。
頭の位置が遅れると、バイクは曲がりにくくなる
カーブで怖い人ほど、頭が後ろに残ります。
本人は安全にしているつもりでも、体が後ろに逃げると、腕が伸び、ハンドルに力が入り、バイクを寝かせにくくなります。
バイクは、体の位置がとても大切な乗り物です。
極端なフォームをする必要はありません。
でも、少なくともカーブで頭が後ろに残ったまま、腕でハンドルにしがみつくような状態は避けたいところです。
視線をカーブの先へ向ける。
体を固めない。
頭が遅れないようにする。
ステップに体を預ける。
これだけでも、バイクの曲がり方はかなり変わります。
初心者に必要なのは「楽しいツーリング」より前の段階
免許を取ったばかりの人に必要なのは、いきなり楽しいツーリングへ連れて行くことではなく、まず安全に走れる状態を少しずつ作ることだと思います。
安全に止まれること。
落ち着いて曲がれること。
ステップに乗れること。
腕に力を入れすぎないこと。
無理に前について行かないこと。
怖いと思ったら止まれること。
自分のペースを守れること。
最初は短い距離でいいと思います。
交通量の少ない道でいい。
休憩を多めに取ればいい。
カーブの多い道へ行く前に、広くて走りやすい道で慣れればいい。
そして一緒に走る側も、
初心者を後ろに放置しない。
自分のペースで走らない。
後ろからプレッシャーをかけない。
先に行って待つだけにしない。
休憩のたびに様子を聞く。
怖かった場所を確認する。
くらいの配慮が必要だと思います。
初心者を連れて走るというのは、ただ一緒に走ることではありません。
その人の安全に、ある程度責任を持つことだと思います。
初心者と一緒に走る人にも知っておいてほしいこと
これは、免許を取ったばかりの人だけに向けた話ではありません。
初心者と一緒に走る人。
家族や友人にバイクを勧める人。
ツーリングに誘う人。
お店としてバイクを販売する側。
そういう周りの人にも、少し知っておいてほしいことがあります。
免許を取ったばかりの人は、何が怖いのかをうまく説明できないことがあります。
カーブが怖い。
下りが怖い。
後ろから車が来ると焦る。
前の人についていけない。
でも、なぜ怖いのかは自分でもよくわからない。
その時に、周りが、
「慣れれば大丈夫」
「ゆっくり走ればいい」
「ついてくればいい」
だけで済ませてしまうと、本当に必要な部分に気づけないことがあります。
大事なのは、初心者が遅いかどうかではありません。
ステップに乗れているか。
腕に力が入りすぎていないか。
頭が後ろに残っていないか。
カーブの先を見られているか。
怖くなった時に固まっていないか。
無理に前のバイクについて行こうとしていないか。
そういうところを、周りの経験者が少し見てあげられると、初心者はずっと安全に育つと思います。
もちろん、細かく言いすぎると嫌になるかもしれません。
だから、押しつける必要はありません。
でも、休憩の時に少しだけ、
「さっきの下り、怖くなかった?」
「腕に力が入ってなかった?」
「カーブの先、見えてた?」
「無理についてこなくていいよ」
そう声をかけるだけでも違います。
初心者を連れて走るというのは、前を走って先導することだけではありません。
その人が、怖い思いをしたまま黙っていないか。
無理してついてきていないか。
余裕がなくなっていないか。
そこを見てあげることも、とても大事だと思います。
今の時代は、インカムも良い練習道具になる
昔は、走り終わったあとや休憩中に、先輩や仲間からアドバイスをもらうことがありました。
「さっきのカーブは、もう少し先を見た方がいい」
「下りで腕に力が入っていた」
「無理について来なくていい」
そういう言葉が、少しずつ経験になっていったのだと思います。
今なら、その役割をインカムが少し補ってくれるかもしれません。
もちろん、走行中に長々と説明するのは危険です。
でも、短い言葉で、
「少し先を見よう」
「腕の力を抜いて」
「無理についてこなくていいよ」
「ここは下りだから早めに速度を作ろう」
と伝えるだけでも、初心者にとってはかなり安心材料になります。
大事なのは、叱るために使うのではなく、安心させるために使うことです。
インカムは、前を走る人が後ろを管理するための道具ではなく、初心者が不安になりすぎないように支える道具として使う。
そう考えると、とても良い練習道具になると思います。
ただし、細かい理屈は休憩中で十分です。
走行中は短く、やさしく、必要なことだけ。
休憩中に、なぜそうした方がいいのかをゆっくり話す。
そういう使い方なら、昔の先輩やショップ、ツーリング仲間がしてくれていたアドバイスを、今の時代に合った形で少し取り戻せるのではないでしょうか。
速く走る技術ではなく、危なくならないための技術
ここで伝えたいのは、速く走りましょうという話ではありません。
むしろ逆です。
速く走るためのテクニックではなく、
危なくならないための技術
として、バイクの扱い方を覚えてほしいのです。
ステップに乗る。
内足の力を抜き、アウト側ステップで体を支える。
腕で支えない。
頭を遅らせない。
視線を先へ送る。
ハンドルをこじらない。
バイクが傾くことを邪魔しない。
登り、下り、S字に合わせて走り方を変える。
周囲の交通の流れの中で、自分の位置を考える。
こういうことは、免許を取った瞬間に急にできるようになるわけではありません。
でも、意識して走るかどうかで、少しずつ差が出ます。
そしてその差は、ツーリング中の安心感や余裕につながります。
免許を取ってからが、本当の練習です
免許を取ることは、とても大事です。
でも、それはゴールではありません。
教習所で習うのは、公道に出るための大切な基礎です。
そこから先に、本当に安全に、楽しく、長くバイクに乗るための練習があります。
昔は、免許を取ったあとに足りない部分を教えてくれる人や場所が、今より身近にあったのかもしれません。
でも今は、情報はたくさんあっても、本当に大事な順番や本質が見えにくい時代です。
だからこそ、免許を取ったばかりの人には、
「とりあえず走れば慣れる」
ではなく、
「何を身につけないと危ないのか」
を先に知ってほしいのです。
バイクは楽しい乗り物です。
でも、楽しい場所へ行く前に、まず安全に帰ってこられる技術が必要です。
カーブで怖くならないために。
下りで腕に力が入りすぎないために。
S字で慌てないために。
後続車や対向車がいる中でも余裕を失わないために。
バイクは、免許を取ってからが本当の教習だと思います。
そしてその練習は、決して特別なことではありません。
いつもの道で、少し視線を遠くする。
ステップに体を預ける。
内足の力を少し抜き、アウト側ステップで体を支えやすくする。
腕の力を抜く。
カーブの先を見る。
速度を落とすだけでなく、曲がれる姿勢を作る。
そういう小さな意識の積み重ねです。
免許証は「もう大丈夫」という保証書ではありません。
でも、そこから学んでいけば、バイクはもっと安全に、もっと楽しくなります。
最初は誰でも固まります。
でも、ずっと固まったままでは危ない。
バイクに座るだけではなく、バイクの動きに参加する。
そこから、本当の意味でのバイクの楽しさと安全が始まるのだと思います。