ブログ現代の大型バイクは危なくなくなったのか?

100馬力規制の時代と、電子制御の時代

ひと昔前の大型バイクと、今の大型バイク。

同じくらいの排気量であっても、乗った時の印象はかなり違います。

昔の大型バイクは、重さもあり、パワーもあり、そしてそのパワーの出方も荒々しいものが多かったように思います。

今のバイクのように、スロットルを開けた分がきれいに後輪へ伝わり、車体姿勢を作りながら前へ進むというより、少しラフに扱うと一気にバイクが反応する。

言い方を変えると、昔の大型バイクは、
「怒らせないように乗る」
という感覚がありました。

大型バイクが“特別な乗り物”だった時代

今でこそ、大型二輪免許は教習所で取得するのが一般的です。

教習を受け、課題をこなし、卒業検定に合格すれば、大型二輪免許へ進める。
もちろん簡単という意味ではありませんが、段階を踏んで練習しながら大型二輪免許にたどり着ける時代です。

しかし、1996年以前は違いました。

当時は、いわゆる「限定解除」の時代です。
大型バイクに乗るには、試験場で直接合格しなければなりませんでした。

これがなかなか大変で、人によっては何度も何度も試験場に通い、多い人では20回、30回と受けて、ようやく大型に乗れるようになったという話もありました。

つまり昔の大型バイクは、ただ排気量が大きいバイクではありませんでした。

乗る前に、すでに大きな壁を越えた人だけが乗る。
ある意味で、特別な乗り物だったのです。

もちろん、当時も国内で買える大型バイクはありました。

CB1000 SUPER FOUR、XJR1200、ゼファー1100、GSX1100Sカタナ、GSX-R1100など、魅力的な大型バイクは存在していました。

もちろん、ここに挙げた以外にも、FJ1200、GPZ900R、ZZR1100、V-MAX、FZR1000など、時代を彩った大型バイクはたくさんありました。

ただ、今のように、
「大型免許を取ったから、次は大型バイクを選ぼう」
という感覚で、広く一般的に選ばれるものではなかったと思います。

大型に乗る人は、限定解除を突破した人。
あるいは逆輸入車を選ぶような、かなり濃いユーザー。

そういう空気がありました。

それが1996年以降、大型二輪免許が教習所で取得できるようになり、大型バイクへの入口が一気に広がりました。

大型バイクが、限られた人だけのものから、多くのライダーが目指せるものになった。
これは非常に大きな変化だったと思います。

そして、その流れに合わせるように、XJR1300、CB1300 SUPER FOUR、ZRX1100といった、堂々としたビッグネイキッドが国内市場でも存在感を増していきます。

ただし、ここで大事なのは、免許の入口は広がったものの、当時の大型バイクそのものはまだかなり手ごわかったということです。

大きい。
重い。
パワーがある。
電子制御は今ほどない。

つまり、大型バイクに乗れる人は増えた。
しかし、バイクそのものはまだ「誰にでも優しい」とは言いにくい時代だったのです。

昔の大型バイクは“正解の幅”が狭かった

昔のバイクでも、もちろんきちんと曲がります。

ただし、進入速度、ギア選択、ブレーキを抜くタイミング、体重移動、スロットルを開け始める位置。
それらがうまく合った時に、気持ちよく曲がる。

逆に言えば、その正解の幅が今より狭かったように思います。

コーナーに入る前に速度を合わせ、荷重を作り、車体を落ち着かせて、
「せえのっ」
という感じで曲げる。

今のバイクのように、コーナーの途中でも少しずつ修正しながら自然に曲げていくというより、ライダー側がしっかり段取りを作ってやる必要がありました。

2000年代初頭あたりの大型バイクでも、その感覚はまだ強かったと思います。
車体はそれなりに大きく、重く、コントロールするには積極的な体重移動が必要でした。

サーキット走行などをしていても、ヘアピンの立ち上がりでラフにアクセルを開けると、リアが一気にスライドして、車体が真横を向いてしまうような経験もあります。

もちろん、それは乗り方の問題でもあります。
ただ、それだけではなく、当時の大型バイクは、今よりも操作に対してかなり正直に反応したのだと思います。

スロットルを雑に開ければ、雑に力が出る。
荷重を作らずに曲げようとすれば、重さが返ってくる。
タイヤの限界を超えれば、当然滑る。

昔の大型バイクは、ライダーに対してかなり厳しい先生だったのかもしれません。

FJ1200のタイヤ交換後に起きたこと

かなり昔の話ですが、お店でFJ1200のタイヤ交換をさせていただいたお客様がいらっしゃいました。

作業後に、
「新品タイヤは滑りやすいので、しばらく気をつけてくださいね」
とお声かけしました。

ところが、お店を出てすぐのところで、アクセルを開けた瞬間にリアが滑り、その反動でハイサイド。
結局、そのままもう一度お預かりすることになったことがありました。

もちろん、新品タイヤだったことは大きな原因だったと思います。
今でも新品タイヤは、皮むきが終わるまで注意が必要です。

ただ、それだけではなかったようにも思います。

当時の大型バイクは、今のバイクと比べると、パワーの出方がもっとラフでワイルドでした。
アクセルを少し開けたつもりでも、後輪には思った以上の力が一気に伝わる。

タイヤ、サスペンション、フレーム、電子制御の助けも今ほどありません。

少しの操作の粗さ。
新品タイヤのグリップ不足。
強いエンジンの立ち上がり。

それらが重なると、あっという間にバイクがライダーを振り落とす。
そういう時代だったのだと思います。

100馬力規制は、本当に悪だったのか

では、昔の100馬力自主規制は、ただのつまらない規制だったのでしょうか。

バイク好きからすれば、海外仕様にはもっと馬力がある。
本来の性能を落とした国内仕様なんかいらない。
逆輸入車に乗りたい。

そう思う気持ちは、とてもよく分かります。

実際、当時は、
「国内仕様なんか買わない」
「どうせ乗るなら海外仕様」
「本来の性能に乗りたい」
という空気もありました。

でも一方で、メーカー側からすれば、こう考えたのではないかとも思います。

「このバイク、どこを走るのか?」

サーキット専用なら、フルパワーでも意味がある。
プロライダーや上級者なら、その力を使える場面もある。

でも、一般ユーザーが走るのは、ワインディング、高速道路、市街地、ツーリング先の知らない道です。

路面には砂もある。
白線もある。
マンホールもある。
落ち葉もある。
タイヤが冷えていることもある。
疲れている日もある。

そう考えた時に、電子制御のない時代に、一般ライダーが百回走って百回無事に帰ってくることを考えれば、100馬力という線引きは、意外と現実的だったのかもしれません。

100馬力でも十分すぎるほど速い。
むしろ公道では、ほとんどの場面で使い切れません。

昔は、馬力を抑えることで安全マージンを作っていた。
そう考えることもできます。

特に、1996年以降に大型二輪免許の入口が広がり、大型に乗れる人が増えたことを考えると、なおさらです。

昔は、限定解除という高い壁を越えた人だけが大型に乗っていた。
今は、教習所で段階を踏めば、多くの人が大型に乗れる時代になった。

それ自体は、とても良いことです。
大型バイクを楽しめる人が増えたのですから。

ただ、入口が広がった以上、バイク側にも、より幅広いライダーが扱いやすい性能が求められるようになった。
そう考えると、100馬力規制や国内仕様という考え方にも、当時なりの現実味があったのではないかと思います。

馬力を削る時代から、馬力を制御する時代へ

しかし時代は変わりました。

今は、フルパワーに近い高性能な大型バイクが国内正規車として普通に買えるようになりました。
その背景には、グローバルモデル化、排気ガス規制、認証や生産の合理化など、さまざまな事情があると思います。

そして、時を同じくして大きく進化したのが電子制御です。

トラクションコントロール。
ABS。
ライディングモード。
ライド・バイ・ワイヤ。
ウイリー制御。
エンジンブレーキ制御。
IMUによる姿勢制御。

昔は、危ないから馬力を抑える。
今は、馬力は出す。
その代わり、電子制御で扱える形にする。

つまり、
「馬力を削って安全マージンを作る時代」から、
「馬力を出したまま、電子制御で安全マージンを作る時代」

へ変わったのだと思います。

これは非常に大きな変化です。

電子制御だけでなく、車体もタイヤも進化した

もちろん、電子制御だけではありません。

フレーム、サスペンション、タイヤの進化も大きいです。
今のバイクは、エンジンの力を車体全体で受け止め、路面へ伝える能力が高くなっています。

昔の大型バイクは、重いエンジンをフレームが抱えているような感覚がありました。
今のバイクは、軽くコンパクトになったエンジンそのものが、車体設計の一部として使われている。

タイヤもよくなりました。
サスペンションもよく動くようになりました。
フレームも、ただ硬いだけではなく、力をどう受け止めるかが考えられています。

その結果、昔はパワーが車体を乱していた場面でも、今はトラクションとして前へ進む力になりやすい。

今の大型バイクは、免許を取ったばかりの人でも、昔よりずっと扱いやすいと思います。
スロットルの開け始めも穏やか。
ライディングモードで出力特性も変えられる。
ABSやトラクションコントロールも助けてくれる。

大型バイクへの入口は、確実に広くなりました。

ただし、扱いやすいことと安全は別

ただし、ここが一番大事です。

扱いやすいことと、危なくないことは別です。

今のバイクは、かなり助けてくれます。
でも、物理法則を消してくれるわけではありません。

進入速度が高すぎれば曲がりません。
ブレーキをかける距離が足りなければ止まりません。
タイヤのグリップを超えれば滑ります。
バンク中に砂や落ち葉があれば限界は一気に下がります。

電子制御は、限界の手前で破綻を遅らせたり、滑り出しを穏やかにしたり、急な挙動を抑えてくれるものです。
でも、限界そのものを無くしてくれるわけではありません。

むしろ怖いのは、電子制御が助けてくれることで、ライダーが危険な領域に近づいていることに気づきにくくなることです。

昔のバイクなら、雑に開けるとすぐ怖い。
ブレーキをかけすぎるとすぐ姿勢が乱れる。
タイヤが滑りそうになると、不安感が早めに出る。

バイクが、
「それ以上は危ない」
と教えてくれました。

でも今のバイクは、その怖さをかなり消してくれます。
だから、危ない操作をしていても、しばらくは何事もなかったように走れてしまう。

そして電子制御が支えられる範囲を超えた時、最後に残るのは、タイヤと路面と速度だけです。

今の大型バイクは優しい。だからこそ甘えてはいけない

今の大型バイクは、昔より優しくなりました。
でも、それは危なくなくなったという意味ではありません。

昔のバイクは、雑な操作をすぐに叱ってくれた。
今のバイクは、雑な操作を黙って助けてくれる。

だからこそ、今のライダーには、助けられていることに気づく力が必要なのだと思います。

フルパワーの時代になりました。
電子制御の時代になりました。
バイクは本当に進化しました。

大型二輪免許の入口も広がり、多くの人が大型バイクを楽しめる時代になりました。

これは素晴らしいことです。

しかし最後に安全を決めるのは、やはりライダーの判断です。

怖くないから安全なのではありません。
バイクが助けてくれているからこそ、こちらも丁寧に扱う。

昔の大型バイクは、怒らせないように乗る必要がありました。
今の大型バイクは、助けてくれるからこそ、甘えすぎないことが大切です。