
優先権より大事なのは、相手のパンチを無力化すること
バイク事故の中でも、特に怖いものの一つが右直事故です。
直進しているバイクに対して、対向車が右折してくる。
ライダー側からすれば、
「こっちは直進だから優先」
「出てくる方が悪い」
「当然、相手が止まるはず」
そう思いたくなる場面です。
もちろん、法律上も基本的には直進車が優先です。
右折車は、直進車の進行を妨げてはいけません。
しかし、バイクに乗る側として本当に考えなければいけないのは、事故のあとにどちらが悪いと判断されるかではありません。
事故の瞬間に、
自分の身体が助かるかどうかです。
右直事故は、バイク死亡事故の約2割に関わっている
警察庁の令和5年データでは、二輪車乗車中の死者は508人。
そのうち、車両相互事故による死者は340人です。
さらに、その車両相互事故の中で「右折対直進」による死者は113人。
これは二輪車乗車中死者508人全体の約22%にあたります。
そのうち、二輪車側が直進だったケースは97人。
いわゆる一般的なイメージの
右折四輪 × 直進バイク
に近い事故だけでも、二輪車死亡事故全体の約19%を占めています。
つまり、かなり大きく言えば、
右直事故を防げるだけで、バイク死亡事故の約2割を減らせる可能性があるということです。
これは単なる「よくある事故に気をつけましょう」という話ではありません。
右直事故対策は、バイクの死亡事故を減らすうえで、かなり大きな柱になると思います。
四輪側からバイクは本当に見えていないことがある
右直事故でよく聞くのが、四輪ドライバー側の、
「バイクが見えなかった」
「もっと遠くにいると思った」
「そんなに速いと思わなかった」
という証言です。
これを単なる言い訳や注意散漫だけで片づけるのは、少し危険だと思います。
警視庁も、右直事故について、オートバイは対向車から小さく見え、実際より遠く、速度も遅く錯覚されることが大きな発生原因だと説明しています。
道路上で圧倒的に多いのはクルマです。
四輪ドライバーは、無意識にクルマの大きさを基準に距離や速度を判断しています。
そこへ、細くて小さいバイクが来る。
すると、実際より遠く、遅く、まだ来ないように見えてしまうことがある。
視界に入っていても、脳の中で危険な接近物として認識されていないことがある。
つまり、右直事故は、単純に
「四輪がちゃんと見ればいい」
だけでは済まない面があります。
もちろん、右折する側には確認義務があります。
バイクを見落としていいわけではありません。
ただ、ライダー側が命を守るという意味では、
相手がこちらを見てくれているはず
という前提で走るのは、あまりにも危険です。
しかし、バイク側から右折待ちのクルマは見えている
ここが重要です。
四輪側からバイクは見落とされやすい。
しかし逆に、バイク側から右折待ちのクルマは見えやすいはずです。
バイクは小さい。
でもクルマは小さくありません。
交差点で右折待ちをしているクルマ。
右折レーンにいるクルマ。
前輪がこちらを向き始めたクルマ。
じわっと前に出てきたクルマ。
これらは、ライダー側から見れば十分に認識できる対象です。
つまり右直事故は、四輪側から見ればバイクを認識しづらい事故ですが、
ライダー側から見れば、右折車という危険の対象は認識しやすい事故でもあります。
ここに、ライダー側の生存戦略があります。
相手のミスを完全に止めることはできません。
しかし、見えている危険に対して備えることはできます。
右折待ちのクルマを発見する。
どうせこちらは見えていないかもしれない、と理解する。
速度を落とす。
ブレーキを準備する。
もし出てきたら対処する。
この流れを徹底するだけで、右直事故の結果は大きく変わるはずです。
右直事故は「相手のパンチ」をもらうようなもの
私は、この右直事故対策は格闘技に例えると分かりやすいと思います。
相手がパンチを出してきたあとに、
「今のは反則だ」
「お前が悪い」
と言っても、顔面にもらって倒れてしまえば意味がありません。
大事なのは、パンチをまともにもらわないことです。
距離を取る。
構える。
かわす。
当たっても威力を殺す。
右直事故も同じです。
四輪が右折してくるかどうかは、ライダー側では完全にコントロールできません。
でも、こちらの速度、構え、距離、逃げ場によって、事故の威力を小さくすることはできます。
優先権は、事故のあとの判定です。
ゼロ理論は、事故の前に自分の身体を守るディフェンスです。
ここを間違えてはいけないと思います。
「俺は直進だから」でアクセルを開けると、事故は大きくなる
一番危ないのは、
「俺は直進だから優先だ」
「出てくる方が悪い」
「だから先に行かせてもらう」
という感覚で、交差点に向かってアクセルを開けることです。
気持ちは分かります。
直進優先は間違いありません。
しかし、右折車が本当にこちらを認識していなかった場合、そのアクセルは安全のための加速ではありません。
ただ、衝突速度を上げるだけの操作になってしまいます。
右直事故で怖いのは、バイクが四輪の横や前部に身体ごとぶつかることです。
バイクには、クルマのような車体の防御がありません。
胸、腹、頭、足に直接ダメージが来ます。
そのときに大きく結果を分けるのは、
当たったか、当たらなかったか
だけではありません。
もっと大事なのは、
何km/hで当たったか
です。
50km/hで衝突するのか。
30km/hまで落とせていたのか。
10km/h以下で接触したのか。
ほぼ止まりかけで倒れたのか。
同じ右直事故でも、結果はまったく違います。
右直事故の「ゼロ理論」
そこで大事になるのが、私が言うところの
ゼロ理論
です。
これは難しい理論ではありません。
対向右折車がいる交差点では、もし相手が出てきても、当たる瞬間までに自分の速度をゼロ、または限りなくゼロに近づける。
この考え方です。
右折車が出てこないことを前提に走るのではありません。
出てきた場合に、自分は止まれるのか。
そこを基準に速度を決める。
特に右直事故では、相手のクルマは多くの場合、右折待ちの停止状態、または停止に近い低速状態から動き出します。
つまり、衝突の瞬間に大きなエネルギーを持っているのは、ほとんどの場合、直進しているバイク側です。
だからこそ、バイク側が速度を落とせるかどうかで結果は大きく変わります。
相手が悪いかどうかとは別に、こちらが50km/hで当たるのか、30km/hで当たるのか、10km/h以下で当たるのか、あるいはほぼ止まりかけで接触するのか。
この差が、ライダーの身体へのダメージを大きく左右します。
言い換えれば、右直事故では、相手の右折そのものを止めることはできなくても、こちらの速度を落とすことで事故の威力を大きく殺すことができるということです。
交差点に入る前に、
「あの車が今出てきたら、自分は止まれるか?」
「止まれないなら、今の速度は高すぎないか?」
「ブレーキの準備はできているか?」
「逃げ場はあるか?」
「後続車は近すぎないか?」
そう考える。
これがゼロ理論です。
事故は起きないのが一番です。
しかし、もし相手が出てきたとしても、当たる瞬間の速度をゼロに近づけることができれば、結果は大きく変わります。
最悪、バイクは壊れるかもしれません。
転倒するかもしれません。
しかし、人間の命まで失う確率は大きく下げられるはずです。
右折車を見つけたら、こう考える
実際の走り方としては、とてもシンプルです。
右折待ちのクルマを発見する。
どうせこちらは見えていないかもしれない、と考える。
速度を落として備える。
出てきたら対処する。
これだけです。
しかし、この「これだけ」ができているかどうかで、右直事故の結果は大きく変わります。
右折待ちのクルマが見えたら、まずアクセルを戻す。
ブレーキに指をかける。
前後ブレーキをすぐ使える姿勢にする。
相手の前輪を見る。
車体がじわっと動き出していないかを見る。
運転者の顔がこちらを向いているかではなく、こちらを本当に認識しているかを疑う。
そして一番大事なのは、
今出てこられても止まれる速度か?
と自分に問いながら交差点に入ることです。
止まれないなら、少し速すぎる。
逃げ場がないなら、なおさら速度を落とす。
後続車が近いなら、急ブレーキではなく、早めに減速して後ろにも意思表示する。
これは臆病な走りではありません。
バイクで生き残るための技術です。
右直事故は、防げる可能性の高い事故でもある
もちろん、すべての右直事故をライダー側の努力だけで防げるわけではありません。
前走車の陰から急に右折車が出てくることもある。
夜間や雨で見えにくいこともある。
後続車が近くて急減速しづらい場面もある。
相手があまりにも急に飛び出してくることもある。
だから、すべてをライダー側の責任にするつもりはありません。
しかし、右折車が見えていたにもかかわらず、
「こちらが優先だから」
「相手が止まるはずだから」
「出てくる方が悪いから」
と速度を落とさずに交差点へ入ってしまうなら、そこにはライダー側の危険認識の甘さもあると思います。
右直事故は、相手の確認ミスで起きる事故です。
しかし同時に、ライダー側の見えている危険に対する備えが問われる事故でもあります。
四輪側からバイクは見落とされやすい。
でも、ライダー側から見た右折車は見えている。
見えているパンチなら、威力を殺す。
これがゼロ理論です。